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誤解から生まれるもの

レナは、おカネ扱う宿の金庫番である。
その金庫に預けておけば、たとえパーティが全滅した時も財産が減ることはないし、何よりかさばらない。手数料も取られない。良いこと尽くしな金庫におカネを預けない理由などない。
そんなわけで、レナの元には今日も大量の金銭が行き来している。
そんな彼女の元へ、一人の女僧侶がやってきた。リタと共に旅をする仲間の一人、カレンである。
今時間があるかと尋ねられたので、あると答えた。そこまでは良かったのだ。


「レナさん……私、実は見てしまったのですわ」


「はい?」


なぜか家政婦が見たと言わんばかりの気まずそうな表情をするカレンに、レナは間の抜けた声を上げた。
とりあえず、意味が分からなかった。怪訝そうにカレンの顔をまじまじと眺めるレナだが、相手を穴が空くほど見たところで何も分かりはしない。
カレンは何かを見てしまったらしい。が、別段やましいところなど一切ないレナに隠し事など一つもない。思い当たるふしもない。まかりなりにも金庫を任されている者として、それが当然である、と考えている。
では、カレンは何を言おうとしているのだろう。
そこで、ふと考えた。別に隠し事とは限らない。レナ本人には預かり知らぬ何かを見て――それがどんなに衝撃的なものだったのかは分からないが、とにかくレナにそれを伝えなければと思ったのでは、と。
一体何を言われるのだろう。内心では変にどぎまぎしながら、それでも表面的には冷静を装って、「一体何を見たって言うのよ」と呆れを滲ませつつカレンを促した。


「レナさんが……レッセの頭を撫でているところを!」


「……は?」


本日二度目の間の抜けた声を発した。いや、本当に何を言っているんだこのお嬢様は。何を言われているのか、一瞬本当に分からなかった。というか、今も意味が分からない。だから何――そんな心境である。
というか、レッセの頭を撫でたことなどなかった。


「ちょっと、何勘違いしてるのか分からないけど、それがどうしたって言うのよ」


「いえっ、それは別によろしいですのよ! ただ、人見知りするレッセがそんなに早く打ち解けるなんてとびっくりしたもので……」


レッセは最近リタ達の仲間に加わったという魔法使いの少年である。あのエルシオン学院の首席だったとかで、ものすごく頭は良いが、ものすごく人見知りなところがたまにキズ、と聞いている。実際初めて対面した時、すぐさまテーブルの下に隠れようとしたので面食らった。地震の時以外にそんなことをする人なんて初めて見た……と、ある意味忘れられない思い出になっている。
それはさておき、金庫番のレナは接点もないせいかほとんど喋ることもなく今に至っている。レッセとは共通の話題もない上、お互い積極的に話そうとするタチでもないからだろう。多分、宿屋の面子の中で一番レッセのことを知らないとも思う。他の面々はレッセの反応を面白がっているようで、特にルイーダなんかはよくからかっているところを見かける。
そんなわけで、カレンが言っていることは全くのデタラメ、つまり誤解である。


「何を見たのか分からないけれど、私はレッセの頭を撫でた記憶なんてないわよ」


それは事実であり、断言出来ることだ。というか、なんでこんなこと言わなきゃならないのか。
しかし、カレンの思い込みによる暴走は止まらない。


「そんなはずはありませんわ! 驚いたせいかその時のことはよく覚えていますもの。レナさんとレッセはそんなに話しているところを見かけませんでしたのに、いつの間に……はっ、もしや何か秘策が?!」


「だから、そんなのないってば。だいたい見たって言うけどいつ頃のこと?」


「昨日のことですわ」


割とタイムリーな話題だった。というか、それこそ覚えがないレナは片眉をつり上げる。


「昨日? 私そんなことしてないわよ。だって……」


答えながら、レナははっと閃いた。そういえばそれに似たことは一回あった。ただし、あの時のたった一度っきりである。


「……それってもしかして、レッセの頭についてたほこりを取ろうとしたところを見たとか?」


「……ほこり?」


その日、たまたま図書室に行く用事のあったレナは、そこでレッセを見かけた。読みたい本があるようだが、それは本棚の一番高い、レッセの身長ではギリギリ届かない場所にあった。それでもどうにかこうにか背伸びして必死に取ろうとするのを見かねて、レナが後ろから代わりにその本を取った。その時のレッセのびっくりした顔は、なかなか忘れられない。まるで目の前の餌を取り上げられた小動物のようだと思いながら、レッセに本を差し出した。
これが欲しかったんでしょう。レナがそう言うと、レッセは何だか複雑そうな顔をした。そういえばこの子は人見知りをするんだったか、と思い出し、その場をさっさと退散しようと思ったのだが。
ふと、レッセの頭にほこりが乗っかっているのが目についた。それを指摘すれば、レッセは「えっ」と声を上げて髪をぐしゃぐしゃといじり、何とか自分で取ろうとするも、なかなか取れないそのほこり。何でも、リタに付き合って、宿屋の清掃をしていたのだとか。
いつものレナなら持っている手鏡を渡すところだが、レッセの動作があまりにももどかしく、また、宿屋の仕事を手伝ってくれたのだから少しくらいは、と気まぐれを起こしてみたのだ。


(慣れないことするもんじゃないわね……)


普段やらないことをしたせいか、妙な誤解をされることとなった。変な気まずさを感じながらボソボソと事情を話せば、カレンはようやく合点がいったというように納得してくれた。


「あらまぁ……そういうことでしたのね。私ったら勘違いしてしまって申し訳ありませんでしたわ」


あっけらかんと謝るカレンに、レナは溜め息をつきそうになった。思い込みの激しいところはあるが、自分に非があればしっかり謝ってくれるあたり、悪い人ではないから怒りにくいというか何というか……怒るよりも先に呆れがやってきて脱力しかけた。


「レナさん、あまり誰かとお喋りしていらっしゃるところ見ませんから……レッセとお話しているのを偶然見かけまして、少々気になってしまいましたの」


「はぁ……」


気のない返事が口をついて出た。
別にレッセとお喋りしていたつもりはないし、その時も仕事だった。仕事中は必要最低限の会話が出来れば十分であるとレナは思っている。
そこで話を切り上げようとした時、タイミングが良いのか悪いのか、宿の階段をレッセが下ってきた。ちょうど、階段を下った先の突き当たりにある金庫のカウンターにいるレナとカレンに鉢合わせる格好となる。


「あらレッセ、噂をすればですわね」


「……噂?」


何のことだか分からないレッセが首を傾げるのも当然の反応である。


「いえ、私が少し勘違いしていたというだけですわ。ねぇ、レナさん」


「もう……勘弁してちょうだい。あんな深刻な顔するから何言われるのかハラハラしたじゃない」


「それは申し訳ありませんでしたわ。全然そんな風に見えませんでしたのに」


おかしそうにくすくす笑うカレンと、それをジトリと睨め付けるレナ。レッセはその二人を交互に見るも、話が見えず目を瞬かせるばかり。


「何の話……ですか?」


どことなくレッセの雰囲気が固いのは、そこにレナがいるからだろう。カレンやリタ、そしてアルティナと話す時にレッセが敬語を使うことはあまりない。


「実は……」


「言わなくて良いから!」


口を開きかけたカレンを、レナは半ば強引に制した。何度も繰り返したい話題ではないし、本人を前にして照れもある。これ以上居心地の悪い気持ちを味わいたくない。
すると、レナの強い語気にいくらか気圧されたらしくレッセはたじろいだ。
レナが自分は取っ付きにくい性格をしているのを自覚しているが、レッセもそう思ったことだろう。まぁ、今さらレナがそれを嬉しがったり悲しがったりすることはない。
一連の会話で何だかひどく振り回された気分がして、ため息をつきたくなるのを堪えてレナは仕事に集中することにし、二人を追い出しにかかる。


「そういうことだから、そろそろ仕事に戻るわね」


「あ、じゃあ……」


躊躇いがちにレッセが言葉を発し、差し出されたものを見たせいで、その言葉が口から発せられることはなかった。


「これ、お願いします」


「…………」


そこにあるのはズッシリとした質量を感じられる皮の袋だった。預金したいということだろう。なるほど確かにレナの仕事だ。どうやらレッセは元々レナに用事があったようだ。
……何だかもう、頭を抱えたい。


「えっ……どうかしたんですか?!」


自分が何か間違ったことをしただろうかと焦り出すレッセに何でもないと告げる。そう、レッセは何も悪くないのだ。
しょうもない勘違いのせいで完全にペースを乱されたレナはがくりとカウンターに手をついた。


「あの、……何だかお騒がせしてしまってすみませんでしたわレナさん」


レナの様子を見かねたカレンが謝ったが、レナは謝って欲しいわけでもなく。


「別に怒ってないわよ、気にしないで」


調子は狂わされたが、それも自分のバカ真面目な性格が一番の原因な気がした。
気を取り直してレッセからおカネを預かる。「ありがとうございます」と礼を言うレッセの表情はやっぱり固かった。


「それにしても、レッセがおカネを預けに来るなんて珍しいですわね」


「クエストの報酬、僕が受け取ったから……」


そんな二人の会話を右から左へ聞き流しながら、レナは自分を落ち着かせるように小さく息をつく。
……誰が悪いというわけでもないし怒ってもいないが、何かを消耗した気分である。それはもう、レッセの頭を撫でたくなるくらいには。
さすがに金庫のカウンターから退散しようとした二人だが、何かを思い切ったようにレッセが「あの、」と声を上げた。どうかしたのかと、レナとカレンの視線を集めたレッセだが、言うか言わまいか迷っているように見える。


「言いたいことがあるなら言えば?」


そんなつっけんどんな聞き方しか出来ない、レナは自分が少し嫌になりかけたが、それこそ今さらである。しかし、その言葉に後を押されたのか、レッセは躊躇いがちに口を開いた。


「その、昨日のことなんですけど……本を取ってくださって、ありがとうございました。あと、ゴミを取ってくださったのも……」


避けていた話題を蒸し返す結果となり、ぎくりとした。カレンが意味ありげにこちらを見ているのをしかめっ面で返す。


「ちゃんと、お礼を言えていなかったと思って……」


どうやら、そのことを気にしていたらしい。顔を真っ赤にしたレッセはぺこりと頭を下げる。レナの表情には気付かないだろう。
全くもう、やっていられない。投げやりな気持ちで、そんなレッセを見る。
あら、とカレンが呟いた。


「撫でましたわね」


「悪い?」


開き直ったレナはふんとそっぽを向いた。たまたまそんな気分だっただけだと心の中で言い訳をしながら。
撫でたと言っても、頭に軽くぽんぽんと乗せただけで、すぐに手は離した。レッセは少し戸惑っていたが、嫌がってはいないようだ。
そんな三人の様子を遠くから見て、ルイーダ達宿屋の面々は「仲が良いわねぇ」などと、レナが真っ先に否定しそうな言葉をしみじみ呟いていた。



誤解から生まれるもの(終)



―――――
お待たせしました、みみロールさんより、107000キリ番でリクエスト「DQ9でカレンさんとレナ(原作にいる銀行員の方)のSSかイラスト」のSSの方書かせていただきました。ものすごく遅くなってしまってすみません……!
誤解から生まれるもの、それは友情か気苦労か……が今回のテーマ(?)。
カレンはレナと親しくなりたいけど、レナはカレンのことちょっと苦手に思ってたら良いなというお話です。何だかんだ言って結局仲は良いと思います。
そしてそのカレンさん、少し暴走気味なところがありますが、まぁそこはリヒトと同じで兄妹揃って少々思い込みが激しいのでしょう。兄妹だもの。カレンは冗談じゃないとすぐさま否定しそうですが、似てるもんは似てるのです(笑)
ちなみに。本を取ってもらったレッセは男として何か複雑なものがあったようですが(身長とか身長とか身長とか)、親切はちゃんとありがたく受け取る子だと思います。
さて、レナさんをちゃんと書いたのは初めてでした。……何だか苦労性? まぁ初登場からルイーダさんには振り回されているようでしたし、私の中のレナさんのイメージはこんな感じです。想像と違っていたらごめんなさい(^^;
気に入らねぇぜ!って時はお時間いただけたら書き直しますのでご連絡くださいませ。
お持ち帰りはご本人様のみでお願いします。リクエストありがとうございました!

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