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遠い日の思い出

リッカの宿屋は、今日も冒険者達で賑わっている。その一角のテーブルには、宿屋で最早お馴染みとも思われているパーティが束の間の休息をとっていた。リタをリーダーとした四人組パーティである。
パーティの一人である魔法使いレッセはふと覚えた疑問をリタにぶつける。


「リタが初めてこっちに来たのはいつなの?」


「故郷から、ってことだよね? うーんと……」


指折り数えたリタは首を傾げながら少し自信なさげに答えた。


「一年半、くらい……?」


「まぁ、たった一年でしたの?!」


驚きの声を上げたのは、これもパーティの一人、僧侶のカレンだ。今日もお嬢様な雰囲気が全く僧侶らしくない。


「うん、お師匠の村を引き継ぐことになって初めてウォルロ村に来たんだよね」


師匠とウォルロ村に来たのが最初の人間界。人間界に慣れて守護天使として村を任されるようになるまでが数ヵ月。その後、女神の果実の実った天使界で異変が起き、リタが人間界に落ちてしまったのは、村を任されてすぐのことだった。


「……アルティナはあまり驚かないね?」


自身も驚きながら、レッセは同じパーティの最後の一人である戦士――アルティナの方を見た。この中で、彼のリアクションが一番薄い。


「何つーか……逆に納得したな」


今は幾分マシになったが、リタはかなりの世間知らずだった。深窓の令嬢並み……とまでは言わないが、その世間の知らなさや危機感のなさは、人間界にいた期間が少ないことによるものなのだろう。


「で、初めての人間界はどうでしたの?」


カレンが尋ねると、リタは初めて人間界を訪れた頃のことを思い出そうと首をひねる。


「んー……羽根のついてない人がたくさんいるなぁと」


「人間だからな」


人間界というからには人間がたくさんいるに決まっている。
リタの少しズレた感想に思わず突っ込んだアルティナだったが、指摘された本人はその言葉にクスリと笑う。


「……何だ」


「いや、その……ごめん。それ、お師匠にも言われたなって思って」


「………………」


自分の師匠にもつっこまれたらしい。


「ねぇ、リタの師匠ってどんな人?」


カレンやアルティナには師匠のことをチラリと話したこともあるのだが、そういえばレッセには話したことがないと気付く。


「お師匠? ……頭が坊主で体もガッシリしてて……真面目で厳しいけど、優しいところもあって……頼れる上級天使って感じかなぁ」


「へぇ……。なんていうか……意外、かも?」


「そう? ……あ、でも確かに一般的な天使のイメージとはちょっと違うのかも」


天使界での勉強のおかげで、人間界における天使のイメージは何となく把握している。人間界で“天使”の姿は小さな赤ん坊や金髪を持った姿で描写されていたりするのだが、大の大人でかつ男性の姿、しかも坊主頭の天使なんて、全くと言って良いほど見かけない。イザヤールの外見は天使というより、僧侶のように見える。


「いや、それもあるけどさ……その師匠ってリタとは結構違うタイプの人みたいだから……そっちが少し意外で」


「あ、全く似てない師弟だって良く言われてたよ」


「師弟だからって、そこまで似てる必要もねーだろ」


「それはそうなんだけどね……」


人間で言えば、家族でもないので血の繋がりがない人と似ていまいが全く問題はないだろう。
天使界で言われていたのは、似ていないというよりもどちらかというと似合わないというニュアンスだったので、リタはそれを少し負い目のように感じていた。師匠は天使界でも優秀な守護天使として一目置かれるような存在だ。一方その弟子は剣もろくに扱えない未熟な見習い天使。
自分を否定してしまっては、選んでくれた師匠にも失礼だ。選んだ理由があるのだと、そう思っていても……頭で分かってはいても、そう簡単に納得出来るものでもない。
落ち込みそうになるリタを察したのかは分からないが、カレンは微笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。


「私は……聞く限り、真面目なところや優しいところは似ているのではないかと思ってますわよ?」


「そう……かな?」


カレンの言葉に、リタは目を瞬かせる。だと良いな、とはにかみながらティーカップに視線を落とした。


「お師匠のこと、憧れてたから」


リタは、ウォルロ村の守護天使になるより前――師匠の元で守護天使となるための修業に取り組んでいた頃を思い出す。何年も前のことではあったけれど、今でも色褪せない思い出として胸の中にしまってある。


「……お師匠様とはどのようにお過ごしになったのか、お聞きしても?」


「うん、そうだなぁ……」


カレンに尋ねられたリタは、遠くを見つめるようにして、過去に思いを馳せた。
リタが、今の身長の半分くらいの背しかなかった頃だった。





天使界には、いろんな役割を持つ天使がいる。村や街を守る天使もいれば、天使界の維持管理をする天使もいる。ラフェットは後者だった。
そんなわけで、本に囲まれた自分の仕事場で彼女は書類をペラペラとめくっている。そんな中、微かな物音を聞き取り、顔を上げた。
この部屋は、たまに人が訪れて必要な本を借りて行ったりする。最早天使界の図書室と言っても良いかもしれない。
今回も、本を借りにきた内の一人だろうかと考える。扉からひょっこりと現れた天使を見ると、ラフェットは目を瞬かせてから相好を崩した。
もうそんな時間だったかと、思いの外自分が仕事に没頭していたらしいことに気付かされる。


「リタ、いらっしゃい」


「ラフェットさま……おはようございます」


ラフェットが声を掛けると、リタはおずおずと挨拶を言った。もう何年もの付き合いになるが、リタの控えめな態度はなかなか変わらない。ただ、最近笑顔を見せてくれるようになったのは嬉しい。


「イザヤールはいつものお勤めね?」


「はい、お世話になります」


リタはペコリと頭を下げる。イザヤール――リタの師匠でありラフェットの友人である彼は、村を任されている現役の守護天使である。村の平穏を維持するためにも頻繁に人間界へ行かなければならず、村で何か揉め事でも起きれば、それだけで長い時間拘束されてしまう。人間界は天使界と比べて危険が多い。未熟な見習い天使を一緒に連れて行けるわけもなく、イザヤールが人間界へ行っている間、弟子のリタは一人で師匠の帰りを待つしかない。そこで、イザヤールの留守にはラフェットがリタを預かることにしたのだ。
預かる、と言っても特に何かをするわけではない。大抵、リタはイザヤールから出された課題に取り組んでいる。大人しく黙々とこなしているので全く手がかからず、自分も仕事が出来る。リタを預かることは全く苦ではない。


「もうすぐフェリスも戻って来るんじゃないかな」


フェリスはラフェットの弟子にしてリタの友人だ。ラフェットがリタと知り合ったキッカケは、フェリスがこの部屋にリタを連れてきたことだったりする。


「フェリス、どこかに行ってるんですか?」


「ええ、少しお使いを頼んだの」


そろそろ来るだろうと思っていた頃だ。ガチャガチャとドアノブを回そうとする音がした。なかなか開けられないでいるようで、リタが部屋の中からドアを開けると、両手で荷物を抱えるフェリスの姿があった。


「あれ? ……あ、リタが開けてくれたのね。良かったー、危うく荷物を取り落とすところだったの」


ありがとう、とリタに言うと、フェリスはラフェットの方へスタスタと歩き、荷物をテーブルにドンと置いた。その様は抗議するかのようだ。


「師匠、こんな大荷物なら先に言ってくださいよ!」


「ごめんごめん。でも最近は部屋に籠りっぱなしだったし、良い運動になったじゃない?」


「これじゃあ腕にばっかり筋肉ついちゃうじゃないですか……」


一日中屋内で作業をしているせいか、体力仕事はあまり得意でないフェリスである。


「文句言わないの。リタなんてこれくらい運ぶのは朝飯前なんだから、ねぇリタ?」


「えっ?! えぇっと……」


いきなり振られたリタは目に見えてあたふたし出した。


「外でちゃんと体動かして修業してるリタと一緒にしないでくださいよ」


フェリスは、全く、とため息をついた。
フェリスもリタも同じ見習い天使だが、師匠が違えば修業内容も異なる。フェリスはラフェットのような天使界の管理をする天使に、リタはイザヤールのような人間界を守る天使になるため、それぞれ必要な力を身に付けなければならないからだ。


「イザヤール様って、今日はいつ来るんですかね」


「さあねぇ……いつも通りなら昼前には戻ってくると思うんだけど」


ラフェットは窓を見ながら呟くように言う。日が頂天に到達するのは、まだまだ先のようである。
村や町を守護する天使は、一日中その場所に張りついていなけれはならないわけではないが、一日に何回かは様子を見に行かなければならない。何もなければすぐに天使界へ戻って来れるし、何か異常があればそれを解決しなければならず、天使界にも帰れない。


「村の守護天使ってハードね。リタも守護天使になったらあまり会えなくなっちゃうのかしら」


寂しいなー、と物憂げにぼやくフェリスに、リタは目を瞬かせたが、やがてにっこりと笑って
口を開く。


「そしたら、天使界に戻ってからすぐにフェリスのところに行くよ」


「……本当に? 絶対よ!」


ラフェットは弟子達を微笑ましく見守っていた。かつて、ラフェットとイザヤールにもこんな時代があったと思い出す。……まぁ、自分達はケンカばかりだった気がするが。
ラフェットが若かりし頃――と言っても今も十分若い気がする――を思い出していると、再びドアノブを回す音が聞こえてきた。
顔を出した相手を見てすぐさま反応を示したのはリタだった。


「イザヤールさま!」


「あ、イザヤール様おはようございます」


フェリスの挨拶にイザヤールもおはようと返す。
リタはというと、光でも灯ったのでは、というくらいに、ぱぁっと表情が明るくなった。顔に嬉しいと書いてあるのが分かる。……逆にフェリスの表情が少しムッとしたのをラフェットは見逃さなかった。
そして、イザヤールのいつもより早い帰還を、ラフェットは珍しく思って声をかける。


「お帰りなさい、今日は早かったのね」


「あまりやることがなかったんだ。いつもリタを頼んでしまって悪いな」


「気にしないでよ。フェリスも喜んでるし、リタもいつも良い子で待ってるものね?」


ラフェットがそう言うと、リタは照れたように顔をうつむかせる。あまり褒められたことがないらしく、少し褒めると言葉を詰まらせる。


「……あの、イザヤールさま、お勤めお疲れ様でした」


「ああ。ちゃんと大人しく勉強していたか?」


「してました。……あ、でもまだ宿題終わってません」


戻るのが早かったからな、とイザヤールは口の端に微かに笑みを浮かべながらリタの頭に手を乗せる。


「残りは部屋に戻ってやろう。……世話になったなラフェット」


「はいはい。リタ、またね」


ラフェットが手を振ると、リタも控えめに振り返してくれた。かわいい。


(フェリスも、このくらい素直になれば良いのにね)


師弟がこの部屋を出ていくのを見送り、 ラフェットはちらりとフェリスを見た。変なところで頑固なのだ、この弟子は。
やがて、フェリスはぽつりと言葉を漏らす。


「……リタって、イザヤール様のこと大好きですよね」


「師匠ですものね。あなたは私のこと好きじゃないの?」


「嫌いだったら弟子やってませんけど。というか今そんなこと言ってるんじゃないです!」


遠回しにしか好きと言えない辺りが素直でない。甘えベタよね、と思いながら、ラフェットも遠回しな言葉を返す。


「リタとは小さい頃からずっとお友達なんでしょう? 本当にお互いのことが大好きじゃなかったらここまで続いてないんじゃない?」


そりゃそうですけど……とフェリスはもごもご言ってなかなか煮え切らない。


「ちなみに、私はフェリスのこと大好きだからね」


「何なんですか急に……」


少し呆れたように言われたが、それはフェリスの照れ隠しだと分かっている。フェリスはそれっきりラフェットの手伝いを黙々とこなしていたが、そんな弟子の姿を師匠はニコニコと見守っていた。
……まぁ、フェリスが少し機嫌を損ねてしまうほど、リタとイザヤールの師弟関係は良好ということだ。長らくイザヤールが弟子を作らなかったことを気にしていたラフェットは、その事実が嬉しい。
……この二人の会話が、リタに伝わることはなかったけれど。
それから月日は流れ、リタはイザヤールの村を引き継ぐほどの天使へと成長したのである。






遠い日の思い出を語るリタは、懐かしそうに微笑む。


「村の守護天使をしながら弟子の面倒見るのは大変じゃないわけがないのに、お師匠はどっちもしっかり役目を果たしてくれて……厳しい方だって言われるけど、それ以上に自分に厳しかったから」


だから、尊敬しているのだと。
少しだけ照れながら口にするリタは、その後リッカに呼ばれて席を立つ。
テーブルに残った三人であるが、リタとの付き合いに時間差はあれど、三人とも昔話を詳しく聞いたのは初めてのことだ。


「何というか……本当にお師匠様のことが大好きだったんでしょうね」


フェリスと同じ感想を抱き、カレンはティーカップに口をつけた。


「リタにとっては親みたいな存在だったんだろうね。えぇっと……リタの師匠のお名前は確か……、い……いざ……?」


「イザヤールだろ」


「そうそう、イザヤールさん……って、よく覚えてたねアルティナ」


リタはイザヤールのことを「お師匠」と呼んでいるため、イザヤールのことが話題になったとしても本人の名前が出てくることはあまりない。それをアルティナは間髪入れずに答えた。
珍しいこともあるものだとレッセはアルティナを見上げる。


「たまたま覚えてただけだ」


「よくおっしゃいますこと。一回会ったことのある方でも興味が持てなければ顔も名前もすぐに忘れてしまうのはどこのどなた?」


アルティナに「興味なし」と分類された人々――例えば、顔に釣られて引っ掛かった女性や、とある事件で態度が気にくわないだとかで突っかかってきた城の兵士など――は、一度名乗ったとしてもすぐに忘れられてしまう。アルティナの中で覚える必要がないと判断されてしまっているのだろうが、逆に言えば、関心の強い人物ほどすぐに名前を覚えるということで。
カレンはバッサリと断言した。


「そりゃあ覚えますわよ。何せリタが慕って頼りにしているお師匠様ですもの。しかも男性」


つまり、敵愾心に近い。有り体に言えば嫉妬である。


「何その屈折した名前の覚え方」


「アルティナはリタのこと大好きですものね」


レッセが呆れ、カレンも頷いてみせるのを、アルティナは顔をしかめて言い返す。


「何とでも言え。つーか、テメーらも人のこと言えねぇだろ」


「あら当然ですわ」


そうでなければ今ここにいない。
縁とは不思議なもので、偶然果たした出会いが四人を引き合わせただが、リタがいなければこうして話すことさえなかったかもしれない。


「そういう意味では三人とも同じ気持ちなのでしょうね。だからこそ私も申しますけれど……」


そう前置きし、カレンはティーカップをテーブルに戻す。そしていきなり両手で顔を覆う。


「リタのお師匠様ずるいですわ……! 私も小さい頃のリタが見てみたいです!」


「へ?!」


レッセは突然泣き崩れたカレンに驚き、素っ頓狂な声を上げる。
お酒でも入っているのだろうか、と一瞬疑ったが、カレンが飲んでいるのは間違いなく紅茶だ。酔えるはずがない。


「ちょっ、ちょっとアルティナ!」


レッセ一人では手に追えなくて、どうにかしてくれとアルティナに助けを求める。アルティナは少し考えるような素振りを見せると、真顔で答えた。


「今もまだ大きいとは言えないんじゃないか?」


「そっちじゃなくてね?!」


ボケろとは言っていない。いや、本人にそのつもりがあったかどうかは分からないが。
ちなみに、リタの何が大きいと言えないかは……まぁ、色々だ。主に身長とか身長とか身長とか。
このちょっとした騒ぎは、酒場の賑やかさに紛れていたものの、カウンターからはその様子が丸見えだった。


「ねぇリタ、あの三人何かあったの?」


「えっ……、何が……あったんでしょう?」


「アナタさっきまであの中にいたんじゃないの?」


自分のことが話題となっているとも露知らず、リタはリッカやルイーダと首を傾げていた。



遠い日の思い出(終)



―――――
乳酸菌飲料真巳衣様へ捧げます。キリリクありがとうございます! そして遅くなって大変申し訳ないです……!
リタがイザヤール師匠との思い出話をパーティーメンバーの三人に語る話を、とのことでしたが……思い出の中の師匠の出番が少ない気がしますごめんなさい。ラフェットさんはともかくやたらとオリキャラの存在感が……その分リタとイザヤール師匠の関係性は示唆出来た、はず……?← ちなみにリタは外見7、8歳くらいを想定しております。天使の外見は精神年齢を表していると信じています。
そして仲間三人は通常運転です。揺るぎない安定感です(笑)
……師匠が足りない、または気に入らない時はどうぞ遠慮なく言ってください、書き直します<(_ _*)>
それでは、リクエストありがとうございました!

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