第三章 14
まず向かったのは、ご近所のお宅。
病にかかっていたのはお年寄りらしい。夜ということもあって、ご老人はすでにベッドで横になっていた。
「ゲッホゲッホ! うぅ苦しい……」
「バカな! 病魔の呪いは解けたはずなのに、どうしてまだ病人がっ!?」
咳込む老人を見て取り乱すルーフィン。
エリザが苦笑しながら訂正した。
「このおじいちゃんのはただの風邪だよー! リタさん、教えてあげて!」
リタはルーフィンに真実を教えた。
「そ、そうなんですか?……良かった」
ホッと安心するルーフィンを見て、思ったこと。
それは……
「ルーフィンさん……実は天然?」
「…………さぁ、次に行きましょう」
返答までの、その間は何だったのか。
気になりつつもその家から退散したリタ達が次に向かったのは、妻と子供が病にかかったという男性の家だ。
出迎えた男性はルーフィンを見た途端、パッと表情が明るくなった。
「ルーフィン先生っ! 妻と娘を助けていただいて、ありがとうございました」
「奥さんと娘さんの二人ともが……ですか」
とつとつと話すルーフィンに対し、男性は嬉々と感謝の言葉を述べた。
「本当に夜も眠れぬ日々でした。あのままじゃ倒れてたかも……。だから先生はぼく自身の恩人でもあるんですよ」
「…………」
男性に促され、ルーフィンはその妻と子供の様子を眺める。
二人は病のせいか、少しやつれていたが、大分回復していた妻の方はルーフィンに感謝を言っていたし、子の方は安らかに眠っていた。
「こんな小さな子供まで流行り病にかかっていたんですか……」
ベッドの脇から眠っている少女を見るルーフィンは肩を落とし、とても落ち込んでいるようだった。
「誰が病気にかかってたかも知らなかったなんて……ぼくは今まで何を見ていたんだろう……?」
「落ち込まないで、ルーくん。ルーくんがいなきゃ皆助からなかったんだよ」
エリザは慰めの言葉をルーフィンにかけるが……彼がそれに気付くことは、無い。
――エリザは、こんなにもすぐ近くにいるというのに。
「幽霊でも……最愛の人くらい見ることが出来れば良いのに、ね……」
その家族の家を出て、宿屋に向かおうとした時。
ルーフィンと、彼の傍に寄り添うエリザを見て、ポツリと呟いた。
しかし、そのリタの言葉を聞いたアルティナは、きっぱりと否定する。
なぜかと問えば、少し間を空けてから答えが返ってきた。
「相手はもう、死んだんだ」
そんなものが見えていたら、人は駄目になる。
アルティナの言葉に、リタは首を傾げた。
どうしてそう思うのか……リタには、よく分からない。
天使と人間では、感じ方が違う――そういうことなのだろうか。
(違う……)
そうではないような気がした。
(私はまだ、親しい人を失ったことなんて無いから)
だから、まだ分からない。
アルティナはそういった経験があるのだろうか。
考え込んでいる間に、次の目的地に着いたらしい。
そこは、リタ達が泊まっていた宿屋。
気を取り直し、病にかかったという旅行者の部屋を訪ねた。
部屋には、ベッドで眠っている男性とその脇に座っている女性がいた。
「あっ、あなたが流行り病を治してくれたっていうルーフィン先生なんですか?」
「え、ええ……」
女性の急な接近にルーフィンは戸惑いつつも肯定する。すると、女性は何度もお礼の言葉を繰り返した。
「もう、ホントにありがとうございます。……あと少しでダーリンとお別れになるところでした。たいしたお礼も出来ないけど、ぱふぱふくらいならダーリンも許してくれるはず……」
「わわっ……や、やめて下さい!」
更に接近しようとする女性と、それを避けるルーフィン。その場面を見させられた妻が、憤慨しないわけが無かった。
「ちょっ……ちょっとぉ!! 何してくれるの、この女! いやらしい格好しちゃって、純情なルーくんを惑わさないでっ!!」
迫る女性と、それを拒む学者と、怒る学者の妻(幽霊)。
収拾のつかないこの事態をどうすべきか……。
途方に暮れかけたリタとアルティナなのであった。
(お二方、黙って見てないで助けてくださいよ!)14(終)
―――――
↑ルーフィンの心の叫び。
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