第三章 07-1
問題の祠は、ベクセリアの町の北西にあった。
何千年も前に立てられたらしいこの祠。やはり古いだけあって、建物も相当年季が入っている。
そして、入り口近くでアルティナが何かを拾い上げた。落ちていたのは……南京錠。
「僧侶、祠に入ったらしいな」
南京錠を元の位置に落とす。物音一つしない静かな空間に、金属特有の高い音が響いた。
「大丈夫、なのかなぁ……」
「大丈夫じゃないだろ」
僧侶は、町長に「嫌な気配を感じる」と言っていたらしい。ということは、“嫌な気配”を感じ取っただけで病魔が潜んでいるとは思っていないと考えるのが妥当だろう。
「だいたい、流行り病の原因が病魔だと判明したのはついさっき。しかも、その僧侶も旅の途中でベクセリアに寄っただけらしい」
「そ、そうなんだ……」
いつの間にそんな情報を……。
そんなリタの心境を読み取ったのか、アルティナは「宿で聞いた話だ」と付け足した。
「じゃあ、早く中に入らないと」
僧侶がどれほどの能力を持っているのかは分からないが、その人が危ないことに変わりは無い。
祠に入ってリタ達がまず初めに見たものは、壁にポッカリと開いた大穴であった。
ルーフィンが予想通りだと溜息をつきつつ、
「ほら、僕の言った通り、地震のせいで祠の壁が崩れて入口が剥き出しになってます。こうなると遺跡の中にあるはずの病魔の封印もどうなっているか分かったもんじゃないですね」
淡々と説明しながら穴を潜り、さっさと奥へ進んで行ってしまった。
祠は暗く、なぜか霧の立ち込める場所があったりして、かなり視野が狭い。ルーフィンを見失わないようにして、なんとか付いて行くと、ちょっとした広間のような場所にたどり着いた。
そこで、ルーフィンは感心したような声を上げた。
「おぉ……古文書で見た通りです。あそこに転がっているのは病魔を封じていた壷です。やっぱり地震で壊れてしまったようですね」
広間の真ん中には壷が置かれていた。それ以外、部屋には何も見当たらない。壺というのも割れてバラバラになってしまったものだ。何とも寂寥感を誘う空間である。
そういえば、とリタはキョロキョロ辺りを見回した。……ここに入ってから一度も僧侶を見ていない。
「……よし、封印の紋章が描かれた部分は壊れてないな。これなら楽勝だ。一流の考古学者なら、これくらいのワレモノを直すのなんて、朝メシ前ですよ」
ルーフィンはガチャガチャと壷の破片を集めはじめた。
「後は特製接着剤で……」
言いつつルーフィンは“特製接着剤”なるものを取り出そうと、持参したカバンを漁りはじめた。カバンにはいろいろと道具が入っているらしく、物を見つけるというよりも、ガッサガッサと中の物を混ぜているかのように見える。
終いには「あれ? おかしいな……」とか言い出す始末で、リタはだんだん不安になってきた。
だから……壷から紫の煙が出ているのに、気付くのが少し遅れてしまった。
どこからともなく、おどろおどろしい声が聞こえてくる――。
――オろかナる しンにュウ者ヨ、ワれヲ ふたタビ 封印せンとやっテキたカ……――
それは、ルーフィンが目的の物を見つけ出すのと、ほぼ同時だった。
「ソうハ させヌぞォォ! なんジに病魔のワザワイ あレ、あレ、あレ!」
いきなり目の前に現れた怪物に、ルーフィンは思わず尻餅をついた。
「こ、こいつが病魔かっ!? くそっ! まだ封印の壷が直ってないのに……!」
毒々しいピンク色の体に、大きな一つの目。その目の両サイド斜め上には小さな目がもう二つ。つまり、この怪物は三つ目である。しかも、その体は微妙に形状を保っておらず、いかにも病魔といった風であった。
「ルーフィンさんっ!!」
怪物がルーフィンに襲い掛かろうとした、すると――
リタ達の後ろから何か、キラリと銀色に輝くモノが飛んできた。
それは、ルーフィンと怪物の間をすり抜け、奥の壁にぶち当たる。キン、と高い音を立てて地面に落ちたそれは、
「……ナイフ?」
小振りなナイフであった。
「見つけましたわ……」
振り返ってみると――そこには僧侶の姿をしたお嬢様がいた。
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