第十二章 02
どのくらいの高さまで登ってきただろう。
里へ続く階段を一歩一歩踏みしめながら、リタは息を弾ませて後ろを振り返る。後ろに続く仲間達以外は雲に覆われてしまって何も見えない。天使であるリタも、羽根がない今ここから落ちたらひとたまりもないだろう。
火山地帯だからだろうか、標高が高くなっても肌寒さはあまり感じられない。
「やっと着いた……」
最後の一段を踏みしめる。ドミールの里はすぐそこだ。少し上がった息を整えながら、リタは里を眺める。
リタに続き、仲間達も次々と階段を登り終えた。
「はぁ……学院で行った登山よりも辛かった……」
「確かに実質登山でしたわね……というかエルシオン学院って登山しますのね……」
「課外授業でちょっとね……」
旅慣れてきたとはいえ、終わりの見えない延々と続く階段を登るのは体力的にも精神的にもきついものがあった。ただでさえ、川の代わりに溶岩が流れるような地を歩いてきたのだ。砂漠とはまた違ったじんわりと纏いつくような暑さに襲われたかと思いきや、極めつけに長い階段を登らされるとは思わなかった。
やっとたどり着いた里は緑が少なく荒涼感はあるものの、荒んだ雰囲気は全くなく、世界中の町や村となんら変わりない素朴で平和な里だ。
里に建つ建物は石造りで無骨ながらも、家の外に洗濯物がはためき、子供たちが無邪気走り回っている。
本当に伝説の英雄がこの里にいるのだろうか。
「これがドミールの里……すごいな、教科書にも資料にも載ってない場所に来れるなんて」
レッセは、今にも調査を始めそうなくらいそわそわと目を輝かせている。その姿を微笑ましく眺めつつ、リタはぐるりと里を見渡した。
「うーん、英雄さんはどこにいるのかな」
村に残る伝承を頼りにやって来たため、空の英雄グレイナルがどんな顔でどんな姿をしているのかが全く検討もつかない。分からない以上は村の人に聞くしかない。
すみません、とリタは近くにいた中年の男性に声をかけた。声をかけられた男性は、驚いたように旅の格好をしたリタ達をしげしげと見やる。
「なんと、客人とはめずらしい。下界の人間がドミールを訪れるなど何百年ぶりのことだろうか……いったいどのようなご用件で?」
「あの、空の英雄に会いたくて来たんです。わたし達、黒いドラゴンを追っていて何か倒す手がかりがないかと……」
「黒いドラゴン?」
男性はきょとんと目を瞬かせた後、大きく笑い出した。
「下界の方は冗談がお上手だ! 闇竜バルボロスも魔帝国ガナンも300年前にほろんだというのに」
「闇竜バルボロス……?」
ドミールでは、黒いドラゴンのことを闇竜バルボロスと呼ぶらしい。
(そういえば、仮面の魔術師もそう呼んでたような……)
そして、魔帝国ガナン。どちらも300年前に滅んだというが、黒いドラゴン――バルボロスは現れた。復活、したのだろうか。魔帝国ガナンと共に。
くわしいことを知りたいなら里の長に話を聞いてみることですよ、と男性は笑いながら言い去っていった。
「あの方、全然信じてくれませんでしたわねぇ……」
「何百年も外の人間が来なかったっつってたし、里の外がどうなってるか知らないんだろ」
呑気なもんだな、とアルティナは呆れたように呟く。
この里が半ば伝承の存在となっていたように、里の者も外の世界から隔絶されてきたのだ。バルボロスが復活したことを知らないのなら、尚更グレイナルに会ってその事実を伝えなければ。
リタは仲間たちを振り返った。
「まずは里の長さんに会いに行こうか。300年前に何があったか知りたいし、英雄さんが今どこにいるか聞かないと」
「うん、そうだね。そのバルボロスとガナンがどうやって滅んだのか気になるな。倒す手がかりがあるかも」
「復活したのは事実ですし、何とか信じていただけるように頑張りましょう」
意気込む仲間たちを他所に、考え込むアルティナに気付き、リタは声をかけた。
「アル、どうかしたの?」
「いや……この前、ナザム村の外でガナンがどうの言ってる魔物を見てな」
「ええっ、それってまさか復活したガナンの手先ですの?!」
「かもしれないな。ただの雑魚だったが」
「そっか……もうガナンが復活してて、いつ侵攻してきてもおかしくないんだ」
リタは、箱舟で見たフクロウの仮面を被った魔術師を思い出す。そして、その男と一緒に去っていったイザヤール。
イザヤールも、あの男の――帝国ガナンの仲間になってしまったのだろうか。しかし、一体何のために。
「バルボロスが現れたこととガナンが復活したこと、どっちも伝えなくちゃ」
闇竜バルボロスはガナン復活の兆しだったのかもしれない。しかし、なぜ300年前に滅びたガナンが今になって復活を果たしたのか。
(ドラゴンどころか国を甦らせるなんて、一体誰の仕業なの? ……お師匠は、何か知ってるの?)
バルボロスは恐ろしく強かった。今のリタの力では、とても倒せるように思えない。
底の知れない謎は、暗く深く、まるで深淵を覗いているかのような気分だった。
(深淵の足音)02(終)
―――――
ドミールに到着です。
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