第十二章 03
ドミールの里の長の家を教えてもらったリタは、早速長を訪ねた。急な来訪ではあったが、長はすぐに対応してくれた。
客間に通されて柔らかなソファーに全員が座り、お茶も出され、名産だというお菓子も用意された。ただの旅人にここまでしてもらうわけにはと遠慮しようとすればせっかくだからと押し切られ、あれよあれよという間に和やかなお茶請けタイムのような様相を呈していた。
「私はドミールの長をつとめる者。よくぞこんな山奥までいらしてくださいました。ささ、狭苦しい部屋で恐縮ですがどうぞごゆるりとお寛ぎくだされ」
「あ、ありがとうございます」
下界の人間が珍しいのだろう。ここまで歓迎されるとは思わず、嬉しいけれど何だか落ち着かない。ぺこりと会釈をして、リタはお茶を一口もらう。
「して、わざわざこのような山奥におこしになるとは何用ですかな?」
長が対面に座る。長はにこやかな良い人だった。
和やかな雰囲気に似つかわしくなくて申し訳ないけれど、それでもリタ達がドミールに来た理由を伝えなければならない。茶飲みを持つ手にきゅっと力が入る。
意を決してリタは口を開いた。
「実は……わたし達、黒いドラゴンを追っているんです」
「黒いドラゴンですと? まさか……」
「この里には、黒いドラゴン……バルボロスを倒した英雄がいると聞いたんです。英雄さんに会ってお話しすることは出来るでしょうか」
ドミールの里を訪れた経緯を一通り説明する。ナザム村の上空で黒いドラゴンが目撃されたこと。村に空の英雄に関する言い伝えが残っていたこと。その言い伝えに沿ってドミールの里までやってきたこと――。
長はリタの話に耳を傾けながら難しい顔をして考え込んだ。
「なるほど……空の英雄グレイナルに助力を願いにきたというわけですか。しかしそんな馬鹿な……闇竜バルボロスは300年前の帝国との戦いでグレイナル様に倒されたのですぞ」
「……その帝国が復活したのかもしれません。わたし、黒いドラゴンの背に乗った人を見たんです」
箱舟から落ちそうになった時に見えた仮面の男を思い出す。イザヤールはゲルニック将軍と呼んでいた。
リタの話を聞いた長はうーむ、と難しい顔で唸る。
「にわかには信じ難いが……しかし、わざわざこの地までそんなウソをつくためだけに来る者がいるとも思えない。そういうことならグレイナル様にお会いになるといいでしょう。念のため、里の警備を強化する必要がありそうですな。もし本当に帝国が復活したとなれば、おそらくグレイナル様のいるこの里を狙うに違いない……」
長は近くに控えていた男を呼び、何事かを囁く。
「ああ、あなた方はグレイナル様に会いに行かれるとよろしいでしょう。グレイナル様はこのドミール火山の山頂にいらっしゃる。この家から出たすぐ近くに山頂へ行く洞窟があります」
「ありがとうございます……!」
ようやくここまで来れた。これでグレイナルに会うことが出来る。
しかし、一つ気がかりなことがあった。里の入口であった男も、目の前の長も、グレイナルがバルボロスを倒したのは300年前の出来事だと口を揃えて言う。それなら山頂にいるというグレイナルは一体何歳なのだろう。
早速洞窟に向かうことにして、リタ達は部屋を後にした。扉を閉めて、安堵の息を吐く。
「信じてもらえて良かったぁ、せっかくここまで来たのに英雄さんに会えなかったらどうしようかと思ったよ」
見知らぬ旅人が里の英雄に会わせてもらえるのか不安だったが、すんなりと話が通って安心した。
「でも、なんでわざわざ山頂に住んでるんだろう」
レッセが首を捻る。
山頂に篭って修行する、帝国を破った屈強の300歳超え――あまり想像出来ない。
「……ほう。グレイナル様に会いにいくのかね?」
杖をついた老婆がリタ達へと近づく。
「ならば伝えてくだされ。すっかりご無沙汰しておりますがお世話役の家のババは元気ですと」
里長の家は、代々グレイナルの世話役を務めているのだろうか。世話役という言葉にいまいちピンと来なかったが、おそらく老婆はグレイナルと近しい間柄なのだろう。
「ああ、いや……年寄りだからと甘えてはいけませんな。世話役という肩書きを持つからには、やはり自分で会いにいかねば……」
そう言って老婆は被りを振る。山頂までどのような道のりかは知らないが、杖をついている老婆が楽に行けるような場所ではないのは確かだ。リタは思わず声をかけた。
「あの、おばあさん、良かったらなんですけど一緒に山頂へ行きませんか?」
「おや、良いのかい? でもあたしゃ年寄りだからお客人の足でまといにならないかねぇ」
「そんなことないです! いきなり知らない人達が押しかけるよりは見知った方と一緒の方が良いと思いますし、山頂までの道を教えていただけるとありがたいです」
老婆は少しだけ迷っていたようだが、やがて頷いてくれた。
「悪いねぇ……なら、お願いしようかね」
「はい! 一緒に行きましょう!」
老婆の杖をつく手とは反対の手を握り、リタはにっこりと笑う。
山頂にいるという、300年前に活躍した伝説の英雄――グレイナル。どんな人物なのだろう。
「あの、おばあさん、今から会いに行く英雄さんなんですけど……グレイナル様ってどんな方なんですか?」
「グレイナル様は、それはそれはご立派な方ですじゃ。お会いになれば分かるじゃろうて。ただ、ちいとばかし気難しいお方でしてな、なるべく粗相のないようにしなされ」
「そうなんですね……き、気をつけなきゃ……」
変なヘマをしでかさなければ良いけれど。英雄の目の前でコケたりしたらどうしようかと、リタはどんどん不安になる。
「アルティナ、くれぐれも英雄に無礼な口の利き方をしてはなりませんわよ。ただでさえ無愛想なんですから」
「お前こそ被った猫を途中で放り出すんじゃねーぞ」
「そんなこと、貴方に心配されるまでもなく被り通してみせますわ!」
心外とばかりに言い返すカレンだが、胸を張って言うことではない。
「二人とも否定はしないんだね……」
「まぁ、今さらっしょ」
最早お馴染みの光景に、二人を仲裁しようとする者はいない。レッセとサンディも見守るばかりである。
いつも通りに軽口を言い合う二人を見ていたら、なんだか先程までの不安がちっぽけなものに思えてきた。リタは苦笑する。
「あはは……グレイナル様、賑やかなのはお好きでしょうか……?」
「若者は元気が一番。グレイナル様もお心は広いゆえ、よほどのことがなければ怒りますまい」
ほっほっほ、と老婆は旅人達の賑やかさを楽しむように朗らかに笑った。
(英雄に会いに)03(終)
―――――
ついに英雄とご対面です。
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