天恵物語
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番外編 ジンジャークッキーは甘くない

セントシュタインの冬はそれほど厳しいものではない。年中雪の降るエルシオンと比べてしまえば、どの地域も厳しいなどとは言えないが……セントシュタインは季節の移ろいを感じることの出来る素敵な街だ、とリッカの宿屋に来ていた旅人が褒めていた。
今日のセントシュタインは雪がちらついており、薄らと積もった白い地面に人々が足跡を付けていく。町並み木には装飾が施され、どの家にも明かりが灯っている。街を行き交う人々は皆、店で買い込んだらしい袋や包装された箱を持ち、急ぎ足で帰路についている。
――今日は12月24日。いわゆるクリスマスイブである。
街はクリスマスムード一色に覆われ、いつもとは違う賑わいを見せていた。
リッカの宿屋も例外ではなく、内装は赤と緑を基調としたクリスマス仕様となり、フロントに置かれたツリーがひときわ存在感を放っている。クリスマスも宿屋は大盛況で、宿泊客だけでなく、酒場(と美人な女主人)目当てにやってくる客も少なくはない。
そんなクリスマスな空間の中、テーブルにつく二人の旅人の姿があった。片方は旅芸人の衣装に身を包む少女。そしてもう片方は僧侶の恰好をしているのにあまり僧侶には見えない、育ちの良さそうな女性である。女二人ということもあってか、声を掛けようとする輩もちらほらいるようだが、それを知ってか知らずか、二人はテーブルに並んだ紅茶とお菓子を堪能しつつ、会話に夢中である。


「やっぱりリッカの作ったお菓子は美味しいねぇ」


旅芸人の少女――リタはしみじみと宿屋の主人お手製ジンジャークッキーを褒めた。僧侶の女性――カレンもクッキーを食べながら頷き、同意を示す。
人型のクッキーはその表面にカラフルなデコレーションが施されており、見ているだけで楽しい気持ちになれる。三つボタンの服を着た笑顔を浮かべるかわいらしい小人の姿が描かれている――いわゆるジンジャーマンクッキー、というものである。食べるのが勿体ないくらいだが、リッカの手作りお菓子は美味しさ折り紙付きである。食べないなんてそれこそ勿体ない。
しかも、このクッキーは、宿屋を手伝ってくれているお礼にとリッカがリタにプレゼントしてくれたものである。
ありがたく受け取ったその時、ちょうどカレンが教会から帰ってきたので、一緒に食べようということになった。更にはカレンが紅茶を淹れてくれたので、ちょっとしたお茶会のようになっている。


「甘すぎず辛すぎず、少しクセのある味が堪りませんわね……さすがリッカさんですわ」


「それ、リッカに言ってあげたらきっと喜ぶよ」


クリスマスと言えば、ツリーにリース、プレゼントに美味しいご馳走……たくさんあるが、ジンジャーマンクッキーもその一つである。
リッカがクリスマス用に作ったというジンジャーマンクッキーだが、数が少なかったこともあり、即品切れになったらしい。さすがはリッカというか、ひょっとしたらお菓子屋でも成功出来るのではないか。


「これを食べるとクリスマスって感じがしますわね。昔はよくお母様の作ったクッキーを食べましたわ」


「そうなんだ、クリスマスはみんなこんなかわいいクッキーを作るんだね」


「ええ、お母様はツリーやお家の形をしたものも作っていましたわ」


カレンは昔を懐かしむように目を細める。出家する前のことなのだろう。以前は過去のことをあまり話したがらない様子だったが、サンマロウを訪れた時を境に、カレンは時々幼い頃のことも口にするようになった。こうしてたまに聞かせてくれるサンマロウでの暮らしぶりは、天使界で育ったリタにとって新鮮で、興味深いものだった。


「人間界で何回かクリスマスを過ごしたけど、それは知らなかったなぁ。クリスマスは美味しいものがたくさんあって、どこも賑やかになるしすごく楽しいね」


「それはもう、年に一度のビッグイベントですもの。クリスマスは家族にとっても、恋人達にとっても、大切な人と過ごす絶好の機会……特別な日ですわ!」


「な、なるほど……」


カレンが熱弁をふるう様子を見て、リタはたじたじになる。そして、ふと気になったことが一つ。


「えっと、カレンは帰らなくて良いの? クリスマスって家族にとっても大切なイベントなんでしょ……?」


ちなみに、今日24日のクリスマスイブは今のところパーティ全員でクリスマスを祝うことになっている。


「ブランス家では、25日に祝う約束になっていますの。ですから心配ご無用ですわ」


家族とのわだかまりも解消出来たことで、カレンは最近実家に帰ることも多くなった。
天使であるリタには家族という概念がない。だからこそカレン達には家族関係が上手くいって欲しいと思っている。
リタとしては、カレンの母親の存在は気になるものの、どうやら父や兄との仲は良好らしい。


「それなら良かった」


安心したリタがニコニコと相好を崩すと、カレンは照れくさそうに咳払いをした。リタが事情を知っていることもあって、尚更決まりが悪いようだ。若干頬が赤くなっている。恥ずかしさをごまかすように、ぬるくなりはじめた紅茶を一気に飲み干した。


「それよりも! どうやら明日はエルシオンで研究の発表会があり、レッセもそちらに出席するとのことですわ。そうなると帰りは遅くなるでしょうし……」


レッセはすでにエルシオン学院を卒業しているが、今回は卒業生としてお手伝いをするらしい。世間がクリスマスとはいえ、発表会はお構いなしに開催される。学校行事とはそういうものだ、とレッセは半ば諦めた様子で語っていた。


「明日はカレンもレッセもいないんだね……」


「そう、つまり……明日はアルティナと二人っきりのクリスマス、ってことですわ!」


語尾にハートがつきそうなくらい勿体ぶって告げるカレンは、なぜだかとても楽しそうだった。


「そっか、明日はアルと私だけ……」


「うふふ、クリスマスに二人っきりだなんて、まるで恋人同士ですわね」


「んなっ……」


カレンの大胆過ぎる発言に、ニブすぎるリタもさすがに赤面した。


「なっ、ななな何を言ってるのカレン! そんな、えっと……私とアルは仲間だし一緒にいるのは当たり前ってゆーか……」


「実際がどうであれ、周りからはそう見えるって話ですわよ」


「うう、そんなにハッキリと……」


恋愛モードに突入したカレンの言葉は、割と容赦がない。リタは真っ赤になった頬を隠すように項垂れた。チラリと上目遣いにカレンを見れば、なぜか上機嫌にニコニコしていた。先程とは状況が逆転している……。


「カレン……なんだか楽しそう……」


「ええ、ようやく進展を垣間見ることが出来て、私とっても嬉しくてよ」


何の進展かは聞かないことにした。聞いたら最後、更にとんでもないことを言われそうな予感がする。
何だかいたたまれない恥ずかしさで、リタはその勢いのままジンジャーマンクッキーに手を伸ばす。
クッキーにぱくり、とかじりついたその時、同じタイミングで宿屋の扉が開いた。


「あら、噂をすればアルティナですわね」


一瞬、クッキーでむせそうになった。


「おかえりなさいませ。出かけていらしたのね、どうりで姿を見かけないと思いましたわ」


「ああ、少し野暮用でな」


「お、おかえり……アル」


先程のカレンの発言のこともあり、ぎこちない笑顔を向けると、それを不思議に思ったアルティナはいぶかしむようにリタを見つめた。


「お前……なんか顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃねーの」


「へっ?! いやこれは……ちょっと暑いだけだから! あ、厚着しすぎたのかなーなんて……あはは……」


ちなみに、今のリタの格好はどちらかというと薄着の部類に入る。


「…………そうか」


指摘されて、更に頬の熱が上がったような気がしたが、苦し紛れにどうにかこうにかごまかした。アルティナの視線が痛かったが、先程まで繰り広げられていた会話を知らない為か、それ以上言及されることはなかったのでひとまず安堵する。


「そ、そうだアル、リッカにクッキー貰ったんだよ。そこまで甘くないし、アルも食べない?」


甘すぎるものは苦手なようだが、アルティナは基本的に好き嫌いなく何でも食べる。このジンジャークッキーだったらアルティナも気に入るのではないか、と提案してみたのだが。
アルティナはジンジャーマンクッキーをチラリと一瞥した後、ふとある一点に目を止めた。


「そうだな……なら、それ貰うぞ」


「へ?」


言うが早いか、アルティナはリタが手に持つ食べかけのクッキーを、手首から掴んで強奪し、そしてそのまま口に運んだ。……要するに、リタの持つクッキーを、リタの手から直接食べた。
目の前で起きたとんでもない出来事に、当事者だけでなく傍から見ていたカレンも呆気にとられている。


「な、ななっ……ななな何をしてるの?!」


「クッキーを食べた」


「そういうことじゃ、なくて……!」


「悪い、帰ってきたばかりでまだ手洗ってねーから」


外から帰ってきたら手洗いをしましょう。
――手掴みのクッキーを食べるなら、尚のこと。
カレンが口酸っぱく注意してきた言葉である、が。


「そういう問題なの……?!」


リタの頬……というか顔は最早茹でダコのように真っ赤っかである。その様子を眺めるアルティナがどことなく楽しんでいるように見えるのはカレンの勘違いだろうか。
カレンはそんな二人を目の当たりにして、幾度となく抱いてきた疑問を再び抱いた。なぜこの二人は付き合っていないのだろう……。
この調子では、明日のクリスマスはどうなることやら。全く、近くで様子を見ることが出来ないのが無念だ、とカレンは少し残念がる。
二人の関係にトキメキが止まらないカレンは、真っ赤になって動けないリタを尻目に思案した。
――26日はいかにして、リタからアルティナとのクリスマスについて聞き出そうか。





(クッキーよりも甘い、)
メリークリスマス!by冬生




―――――
24日の出来事を25日に書き切るという。そして過ぎ去りしクリスマス……日付が変わる前に完成させたかった……。
何だか糖度高め(当社比)になりましたね。恋愛風味な話は恥ずかしさでどうにかなりそうです、私が← なので、リタとアルティナのクリスマスがどうなったかはご想像にお任せします(笑)
こっそりひっそりフリー。


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