第十一章 02-1
異変に気付いたのは、必死の形相でカレンの胸へと飛び込んできたサンディを見た時だった。
カレン達はセントシュタインのリッカの宿屋にいた。宿屋に初めて来たレッセは少し、というかかなり緊張していたが、リッカ達とは人見知りを発揮しながらも何とか話せるようになったらしい。それを、微笑ましく見守っていた矢先のことだった。
「サンディ、どうなさいましたの……って、もう天使界から戻ってきましたの?!」
サンディが飛び込んで来た時、幸いなことにレッセに注目が集まっていたこともあって、サンディに話しかけたカレンが奇異の目で見られることはなかった。
カレン達は、天使界から戻ってくるはずのリタを待つため、この宿屋に留まっている。サンディは戻って来たのに、リタの姿は見えないのが気にかかった。
「今はそれどころじゃないのヨ!! とにかくマジで大変ってゆーか、大ピンチってゆーか、絶体ゼツメイっていうかぁぁぁ!!」
「お、落ち着いてくださいませサンディ……」
宿屋にいるほとんどの人には聞こえないと分かっていても、サンディに大声で泣かれるのは心臓に悪い。この宿屋にレッセのような、実態が見えなくとも声だけは聞こえるという人がいないとは限らない。
そのレッセが、何があったのかとこちらを窺う。サンディの声、しかも泣いている声が聞こえたからだろう。
だが、話が盛り上がっているところからレッセを連れ出すのは難しそうだ。
「とにかく、部屋に行きましょう。話はそこで聞きますわ」
そそくさと階段を上がり、今日泊まる予定の部屋へと急ぐ。ここなら、誰にも見られないだろう。少なくとも広間で独り言のように喋るよりはマシだ。何もない空中に向かって話してしまえば、不審な人物になりかねない。
「サンディ、泣き止んでくださいませ……一体、何があったと言いますの」
ハンカチを差し出せば、サンディはその端を使って器用に涙を拭う。よく見れば、髪も服もヨレヨレで、よほど急いで来たらしいことが分かる。おしゃれに気を使うサンディにしては珍しく、なりふり構っていられなかったようだ。
一息ついたサンディは、少しは落ち着いたようで、鼻をグズグズ言わせながらも喋り始めた。しかし、鬼気迫る勢いであることには変わらない。
「うぅ……カレンどうしよう助けて!! リタがっ……リタが大変なのヨ!!」
サンディの切羽詰まった言動にカレンは息を呑む。
「リタが……? そんな、まさか天使界で何か、」
「ううん、天使界には行ってない。てか……当分行けないと思うし」
リタと別れたのは一昨日のこと。箱舟で天使界に行くまでどのくらいの時間がかかるかは知らないが、リタの口振りからして、もう到着しているだろうと思っていたのに。
「どういうことですの……?」
天使界へは行けなかった。ならば、リタはどこへ――嫌な予感がした。
困惑するカレンに、サンディは天使界へ向かう途中何があったのか、嗚咽混じりに話し始めた。
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