第十一章 02-2
一体、どうしたのだろう。
レッセは二階へと消えていったカレンとサンディを見送った。
つい先程、泣きながら宿屋へ転がるように飛び込んできたサンディのことが気になって仕方ない。今は二階の宿泊する部屋でカレンが話を聞いていることだろう。どんな事情かは分からないが、あれだけ大泣きしていたのだから、ただ事でないことくらいは分かる。
それに、もう一つ気になっていることがある。リタはどうしたのだろう。戻ってきたのはサンディだけだった。
「レッセさんは、お姉さんとかいたりする?」
ルイーダに聞かれて、レッセはハッとして答えた。
「あ……は、はい。姉が一人……」
とは言っても、もう長いこと会っていない、今どうしているのかも分からない、ほとんど生き別れも同然の姉――セントシュタインで別れてからは、一度も会っていない。
レッセはセントシュタイン生まれだった。ただ、地元の宿屋に行く機会はなかったため、宿屋の人達とは初対面である。
「やっぱり、そんな気がしたのよね」
「確かにレッセさんはどっちかというと弟、って感じですね」
「そう、ですかね……?」
姉がいるという言葉にルイーダからは頷かれ、リッカにも同意された。自分では良く分からない。
最初は宿屋の賑やかさに気後れしていたレッセだが、宿屋の人達は皆良い人で、カレンが紹介してくれたおかげか少し緊張しながらも話すことが出来ていた。……相変わらずの人見知りで赤面したままだったが。
「実は、あなたに良く似た赤毛の女の子が良くここに来るのよね」
「え……」
でもまさかねー、とルイーダが冗談っぽく流した。その時だ。階段を下る足音が段々と近付いてきた。やけに速足で、急いではいるものの音を立てないように気を付けていることが分かる。
「レッセ! アルティナがどこにいるかご存知?!」
階段を下りてきたのはカレンだった。何事かとレッセだけでなく、その場の全員がカレンに注目する。
「え、っと……三階に行くのを見たような……」
「なら図書室かしら。ちょうど棚の修理をお願いしてたのよ」
ルイーダが何気なく放った言葉に、レッセが「え?」と振り返る。その間にも、カレンは三階へと踵を返して去って行く。
「アルティナって……棚の修理とかするんですか?」
「ええ、そうよ。渋りながらもちゃんとやってくれるのよね。助かるわ〜」
「そうなんですか……」
アルティナの、宿屋での立ち位置が良く分からなくなったレッセだった。
そこに、何か思い返したかのように戻ってきたカレンがレッセを呼ぶ。
「レッセ、すぐに出発出来るように準備しておいてくださいませ!」
「は、はいっ」
ピシャリとした物言いに、学院の先生を思い出した。思わず背筋を伸ばしたレッセである。
「カレンさん、あんなに慌ててどうしたんでしょう」
リッカが不思議そうに呟くが、それはレッセにも分からない。
ただ、緊急事態であることは理解出来たので、直ちに自分の泊まる部屋へ向かうことにした。外に出るなら、せめて武器となる杖くらい持たなければ。
「すみません、もう行きます。あの、お茶ありがとうございます! えっと……」
あわあわとお礼を言うレッセに、二人は顔を見合わせてクスリと笑った。
「いってらっしゃい。カレンのあの様子じゃ、何か急用でも出来たのでしょ」
「早く行ってあげてください」
二人の気遣いに感謝し、レッセはもう一度お礼を言うと、すぐさまカレンの後を追う。
その後ろ姿を見送ったルイーダは首を傾げた。
「一体、どうしちゃったのかしらね」
「とても急いでいるみたいでしたけど……」
何に慌てているのか、サンディの存在に気付けない二人には知る由もない。理由は分からないが、カレンは焦っているように見えた。
だからだろうか、リタがいないことに少しだけ不安を感じてしまうのは。
(考えすぎなら、良いんだけど……)
リタに何かあったのではないか、と。
杞憂であれば良い。そう思いながら、リッカは止まっていた手元の作業を再開した。
カレンがレッセとアルティナを伴って宿屋を出たのは、それから間もなくのことだった。
(目に見えぬ知らせ)02(終)
―――――
取り乱した人を見るとなぜだか冷静になっちゃうよね、という。
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