天恵物語
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第十章 14

更に地下へと続く階段を降りる。進むにつれて、水の音が聞こえた。村の回りは荒涼としていたが、どうやら水が全くないわけではないらしい。地下水が湧き出しているのだろうか。空気もひんやりとしている。


「あっ、あれがアバキ草じゃない?!」


サンディの声が洞窟の中に反響した。
遠目に植物の群生が見える。どうやら、あれがアバキ草のようだ。
近寄って見ると、真っ直ぐと伸びた茎の先にこぶし大の実が成っている。目玉のようにも見える不思議な形をしたそれは、魔を払う力を持つとされ、カズチャ村にだけ言い伝えられてきたものだった。
カズチャ村の人々は、だからこそこの不毛な土地で生き抜くことが出来たのだろうか。それでも、村はついに魔物によって滅ぼされてしまった。


(これがあれば、シャルマナの正体を明かせる……)


群生の中の一本を手折る。目玉のような模様には何もかもを見透かされているような気分になりそうだ。
サンディはリタが持つアバキ草を見てガッツポーズするようにこぶしを掲げる。


「やりー! ゲットー! あとはこのアバキ草をナムジンに届けるんだよね」


「うん、それじゃあ洞窟を出ようか」


無事、アバキ草を手に入れることもできた。上の村人達のことは気になるが、早くアバキ草をナムジンに届けなければ。
またがいこつ兵のいる村を通らなければならないのかと思うと憂鬱になりかけるが、そうしなければ洞窟を出ることは出来ない。


「洞窟を出るだけなら、呪文が使えますよ」


レッセの何気ない一言に、サンディが食いついた。


「マジで?! もうがいこつ兵に追い回されなくて済むのっ?!」


いきなり近くから聞こえてきただろう声にビクッと肩を揺らし、レッセは答える。


「まぁ……洞窟の入り口まで戻る呪文だから」


依然としてサンディの声だけが聞こえる状態のレッセは、キョロキョロと周囲を窺った。しかし、見えないものは見えないため、仕方なく虚空に話しかけるしかない。
降って沸いたがいこつ兵に遭遇しなくて済むかもしれない手段に、サンディだけでなくリタも顔色を明るくした。


「すごい、それも学院で習ったの?」


「う、うん」


リタから笑顔を向けられれば、レッセは少し照れたように頬をかいて頷く。少し褒められただけだと分かってはいても、心が浮き立ってしまうのは止められない。
その様子を見ていたサンディはさりげなくカレンへと近づく。


「ねぇねぇ、アレどう思う?」


「そうですわねぇ……本人はまだ気付いていないような気がしますけれど」


「リタと同じパターンってことネ……」


恋愛経験が浅いどころか皆無の場合、自分の気持ちにも相手の気持ちにも疎く、気付かないものらしい。
レッセは年齢的にも経験的にも仕方ないとして、リタはどうなのだろう。サンディはやれやれと肩をすくめる。


「天使って一応、見た目より長生きなハズなんだケド……リタはどーしてあそこまで鈍いんだか」


「天使……ですと、やはり人間とは寿命が違いますのね」


「そりゃそーデショ。まぁアタシも詳しいことは分かんないケドさ」


こうして一緒にいると忘れそうになるが、リタは元々天使だ。話をしていても外見年齢と同じくらいの年相応な喋り方をしている。だが、サンディに聞いた通りなのであれば、リタはカレンやアルティナよりもかなり年上ということになる。


「そういえば、リタが何歳なのか知りませんわ」


当然のように年下のように扱っていたが、もしかするとリタはカレンよりもずっと長生きしているかもしれない。


「ちゃんと聞いてみる……のも今さらですわね」


「ホントにネ。だいたい、天使に年聞くなんてヤボよヤボ」


人間からしたら長生きの度を越した歳をあっけらかんと言われるかもしれない可能性がある。そんな心臓に悪い思いをしてまでカレンは知りたいとは思わなかった。


「それに、年なんて関係なくリタはリタですもの」


年上だったとしても、接し方を変えようとは思わない。年齢差なんかよりも、今まで仲間として積み上げてきた関係の方が大事だと思えるからだ。
ただ、それが恋愛にも当てはまるかどうかは分からないけれど。
リタ達の方を見ると、レッセとアルティナがまた言い合いをしていた。今度は何でケンカしているのだろう。それをリタが「またやっている」とでも言うように苦笑しながら見守っている。二人が本気で言い争っているわけではない――むしろ仲の良い兄弟のようにも見える――ので、リタも口を出したりしない。レッセが仲間入りしてからは、見慣れた光景となりつつあったが、この均衡はいつまで続くだろうか。


「もしかして……」


ふと閃いた思いつきが口から呟きとして漏れそうになった。「え?」とサンディがこちらを向いた。


「あ、いえ……何でもありませんわ」


根拠もなく思い付いたことを軽々しく言うわけにもいかず、カレンは口をつぐむ。そんなカレンを横目にサンディは「そー言われるとますます気になるんですケド」と不満げに文句を垂れた。言うほどサンディは気にしていないことは、くるりとカレン達を振り返ったリタの呼び掛けで分かる。



「カレン、サンディ、そろそろ行こう」


リタに声をかけられ、サンディは「はいはーいっ」と元気に手を挙げてリタ達の元へと飛んで行った。カレンもその後を続く。
アルティナがリタのことを好きだということは一緒にいればすぐに分かる。リタもアルティナに、少なくとも仲間以上の特別な気持ちを抱いていると分かる。それが冒険中ずっと続いてきたわけだが、レッセのパーティ加入によって何かが変わる。そんな気がしてならない。
ただ、そう考えるとレッセが少し不憫に思えてしまうのだが。


(……何かあった時は相談に乗った方がよろしいかしら)


それもパーティ内の僧侶の役割だと割りきり、カレンは三人の恋の行方を温かく見守ることにしたのだった。









(僧侶の役割)
14(終)



―――――
サンディも同じく見守ってるはず。


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