天恵物語
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第十章 13-2

階段を下り終えると、村ほどではないものの人間が数十人ほどは入れそうな少し広めな空間があった。
しかも、そこには半透明になった人間の姿……つまり幽霊になった人々がいたのだ。


「……もしかして、村の人達?」


村では村人一人の姿すら見えなかったのもありリタは驚きの声を上げる。
広間に出ると全員がほぼ一斉にリタ達に顔を向けたため、少し居心地の悪い思いがしたが、村人達からすれば見知らぬ一行の登場であるため仕方ない。
最初に口を開いたのは、一番手前にいた村人らしき初老の男だった。


「あんたナニモンだべ? ここまで来れたっつーことは……もしや、魔物が村からいなくなっただか?」


希望を見出だしたかのような目を向けられたが、リタには期待されるような返事をすることが出来ない。それはリタ達のせいではないけれど、それが何だか申し訳なく感じてしまう。


「……えっと、村にまだ魔物はいました」


そうか……と男は目を伏せて息をつく。落胆の色は隠せない。魔物はいなくなるどころか村が棲み処になってしまっていたが、それを言うのはさすがに躊躇われる。


「ここは一体……?」


「ここはな、村から魔物がいなくなるまでの隠れ場所だよ。魔物達も、こん中までは入ってこれねぇ。ありがてぇアバキ草のおかげだべ」


「アバキ草……!」


アバキ草はこの近くにあるらしい。


「あのっ……そのアバキ草についてもう少し詳しく教えていただけませんか!」


目的のものがすぐそこにある。アバキ草さえあればシャルマナの正体が明かせるはずだ。リタは身を乗り出すようにして男に尋ねた。たじろいだ男は、少し戸惑いながらもアバキ草のことを教えてくれた。


「あ、ああ……この先にはアバキ草っつーありがてぇ草が生えてるだ。魔物がアバキ草の汁を浴びると、たちまち化けの皮が剥がれるっつー言い伝えがあるだよ」


男の話を聞いて納得した。だから、パルはアバキ草が必要だと言っていたのだ。


「そのアバキ草って、いただくことって出来ますか? どうしても必要なんです」


その頼みには少し迷ったような様子だったが、男はすぐに頷いてくれた。


「……少しくらいなら、多分問題ないべ」


「ありがとうございます!」


「アバキ草はこの奥に生えてるだ」


男が指し示す方向を見ると、またも細い通路の階段があった。また更に下がっていったところにアバキ草があるらしい。
アバキ草を無事手に入れられそうでほっとした。


「良かった、これでアバキ草が手に入りそう」


「それを、ナムジンって人に届ければ良いんですね」


「それはそうだが、お前いい加減後ろに隠れるの止めろ」


レッセは最早お決まりのごとくアルティナの影に隠れていた。


「うっ、これはその……知らない人の声がして、つい条件反射で……」


「幽霊相手にまで人見知りしてどうする」


もごもごと小さく言い訳を口にするレッセに、アルティナは半ば呆れてバッサリと返した。とはいえ、幽霊も元は人間であるから、レッセの反応も仕方ないといえば仕方ないかもしれないが……。


「レッセはまず知らない人に慣れないといけませんわねぇ」


初対面の人物に対して人間不信とも取れる行動をしてしまうレッセに、カレンは助言するように言う。


「すみません、昔はここまで酷くなかった気がするんですが……」


「そうなの?」


昔のレッセがどんな少年だったか――といってもレッセはまだ年齢的にも少年であるが――リタ達は知らない。レッセは曖昧に頷き、考えるように目線を上に向けた。


「うん。前からそうだったけど……ちょっと、色々あったからかな。直したいんだけど、なかなか直らなくって」


昔、人見知りをこじらせた何かがあったようだが、レッセはごまかすように苦笑した。言いたくないのだろうか、とリタはそれ以上聞こうとはしなかった。レッセも、その話題は避けるようにしているのか、別のことを口にする。



「それにしても……アバキ草って初めて聞くけど、すごい効能を持ってる植物だよね。魔除けにもなるし、魔物の正体も暴くし」


「私も初めて聞きましたわ。ここにしか生えないものなんでしょうね」


そんなことを話しながら、階段を下りていく。
その姿を、さきほどリタ達と会話した男が見送った。そこに、他の村人が数人駆け寄る。


「おい、良かったんか? 知らないヤツらに大事なアバキ草をそう簡単にあげることねぇべ」


「そりゃそうかもしれねぇけど……」


「でも、かわいい子だったべなぁ」


村人の青年が一行が去った後の階段を見ながら呟くのを聞き、隣の中年の女性が「鼻の下伸ばすんでねぇ、」と、青年の頭を軽くべしっと叩く。
確かに少女はかわいかったが、男にはそれ以上に気にかかるものがあった。


「パルは、元気でやってるんかなぁ……。あの子を見たらつい思い出しちまったよ」


思わず呟くと、村人達は押し黙った。男の心情を察して、誰も何も言えなくなってしまった。
パルが嫁いだのも、ちょうど先程の少女くらいの歳だっただろうか。髪や目の色、顔立ちも全く異なるのに、なぜだか面影が重なった。アバキ草をあげても良いと思ってしまったは、そのせいかもしれない。
パルは嫁ぎ、魔物に襲われずに済んだ。それで良かったと心から思うが、パルがカルバドへ嫁いでからどれくらいの時が経っただろう。永いような気もするし、まだそれほど経ってないようにも思える。


「……オラ達、もう死んじまったんかなぁ。よく分からねぇだよ」


いつか、また村で暮らせる日が来るだろうか。分からない。それでも故郷を捨てるわけにはいかない。
だから、魔物が去るまでここでひたすら待つのだ。村人達に故郷を離れるという選択肢はなかった。









(故郷の村)
13(終)



―――――
思った以上に切なくなった。


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