第十章 15
無事アバキ草を手に入れたリタ達は、レッセの呪文によって村を出ると、ナムジンに会うため狩人のパオへ向かった。パルの頼みはアバキ草をナムジンに届けることだ。そうすればシャルマナの正体を知ることが出来る。一体、シャルマナとは何者なのだろうか。
狩人のパオにあるナムジンの部屋を訪ねた。つい先程ナムジンが立て籠ったあのパオである。あの時ナムジンは情けない息子を演じるために部屋に鍵をかけ誰も入れないようにしていたが、今度はさすがに人を閉め出すようなことはしていなかった。……ただ、人以外のものも閉め出してはいなかったようだ。
「二人で会う時は、ボクがお前に会いに行くと言っただろ? もう二度とここへは来るなよ?」
「グギギ……」
ポギーに言い聞かせるナムジン。ちょうどリタ達からは彼の後ろ姿が見える形で、そのせいかナムジンは人が来たことへの反応が遅れたようだった。ドアの開いた音にギクリとして振り向く。
「……おっと! リタさんか。驚かせないでくださいよ! おや、その手に持っているのは……どこかで見たことあるような……」
部屋にやってきたのがリタ達であったことにひとまず安堵したナムジンは、リタの手にある植物に目を止めた。
「……そうだ、それはアバキ草だ! 母上に見せてもらったことがある。なぜ、あなたがそれを?」
「そ、その……えっとですね、」
今までの経緯をどう話したものか。迷ったリタは視線を泳がせる。傍らの仲間達の間でもどうするんだ的な空気が流れる。
ナムジンの母であるパルからの頼みでアバキ草を届けに来たわけだが、パルはすでに幽霊の身。ナムジンには幽霊が見えているわけではなさそうなので、その話を信じてもらえるかどうか。
しかし、アバキ草はカズチャ村にしかない珍しい植物だ。適当にごまかすなんてことは出来そうにない。
それに、ナムジンはリタ達に本当のことを教えてくれた。ならば、こちらの本当のことを話さなければ失礼な気がする。
そう思い、リタは決心してナムジンを見据えた。
「実は……パルさんに頼まれてアバキ草を届けに来たんです!」
「は、……え?」
何を言われたのか一瞬分からなかったようで、ナムジンはポカンとした顔でリタを見る。亡くなったはずの人物に頼まれて、などと言われてもいきなり信じられる人の方が少ないだろう。
まだ頭が追い付かないナムジンに追い討ちをかけるがごとく、アルティナはリタの後ろから補足した。
「だから、アンタの母親の幽霊に会ったって言ってんだよ」
「なっ、……何だって! 母上の幽霊と!? そんな馬鹿な。幽霊と喋れるなんて信じられない……」
それもそうだろう。人間の常識からすれば幽霊という存在はほとんどの人には見えず、ましては話すだなんて非現実も良いところである。
その時、ポギーが何かを訴えるようにナムジンの服の端を引っ張りながら傍らで声を上げた。
「グギギ、グギギ!」
「……ポギー。そうだね。ボク達の話を信じてくれたんだ。ボクもリタさん達を信じよう!」
ポギーが何を言ったのか、ナムジンはしっかりと把握したらしい。リタ達はというと、ナムジンの言葉を聞いてやっとポギーの言いたいことが何となく程度に分かったくらいである。今のやり取りで、二人――片方は魔物だが――の絆の深さを感じた。
ポギーはリタの言葉を信じるようナムジンに言ったようだが、幽霊を見ることが出来るのだろうか。魔物は天使が見えているようなので、幽霊が見えていても別におかしくはないのかもしれない。
「母上がアバキ草を手に入れろと……。シャルマナの正体はやはり魔物だったということか。アバキ草を煎じた汁をかければ必ずやヤツの化けの皮を剥がせます。カルバドの民の目を覚ますため……そして草原を悪の手から守るためにも、どうかアバキ草を渡してくれませんか?」
ナムジンの言葉に、リタは大きく頷く。
「もちろんですよ」
「もともと、そのためにアバキ草を取ってきたんですものね」
カレンの言う通りで、断る理由などあるわけなく、リタはナムジンにアバキ草を手渡した。アバキ草を慎重に受け取ったナムジンは口元に小さく笑みを浮かべた。
「ありがとう、あなた達に全てを話して良かった。……後は、これをすり潰してアバキ汁にするだけだ」
「グギ! グギギ!」
「よし、ポギー! カルバドに戻るぞ! 外にいる連中を帰らせるから、ポギーはその後に来るんだ!」
アバキ草を懐にしまいながら、ナムジンは颯爽と扉の方へと向かう。当初の印象からすっかりかけ離れたナムジン。その姿は、演技とはいえ魔物の討伐を嫌がっていた時のものとは比べ物にならないくらい頼もしい。ポギーが何事かを話す。
「グギー! グギギー!」
「うん! 頼んだぞ!」
リタにはポギーが何を喋ったのか分からないが、これからシャルマナの正体を暴くことに関する何か、というおおまかな内容くらいは分かった。
ナムジンが外へ出ると、外がガヤガヤと賑やかになった。
「ナムジン様が出発なさるぞ!」
「わし達も続くんだ! 急げー!」
族長の息子ということもあってか、カルバドの集落へ帰るにしても大移動のようだ。ぞろぞろと遊牧民達がカルバドへと帰っていくのが部屋の中にいても分かった。
しばらくすると全員帰ったのか、辺りにしんと静寂が訪れる。
「グギギ! グギギ!」
ポギーが何かを言いつつピョンピョン跳ねる。そして外へと出ていってしまったが、何を言われたのかはやはり分からない。
若干呆けたままリタはポギーの後ろ姿を見送りながら呟いた。
「な、何を言ってたのかな……?」
「さぁな」
リタの呟きにアルティナが答える。レッセも首を傾げた。
「ナムジンさんって、何で魔物の言葉が分かるんですかね……」
ポギーを友人だと言っていたナムジンだが、長く一緒にいれば自然と分かるようになるのだろうか。
「それよりもサ! ほらっ、アタシらもカルバドに戻ろーよ。シャルマナの正体突き止めてやらなきゃ!!」
ふわりと現れたサンディがリタの肩を揺らしながら訴える。
「そうだね、私達もカルバドに行こう」
アバキ草を手に入れ、そしてそれをナムジンに渡した。ようやく、シャルマナの正体に迫る時が来たのだ。
リタ達はナムジンとポギーの後を追い、狩人の集落を後にした。
(友情は種族を越えて)15(終)
―――――
人間の言葉を喋ることが出来る魔物もいますよね。
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