天恵物語
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第十章 05-2

ラボルチュは、リタ達がパオへ戻ってきた時には魔物が追い払われたことを知っていた。先に外から戻ってきた遊牧民から聞いたのか、それともシャルマナが何らかの力を使って知ったのかは分からないが、先程のような素っ気ない態度を改め、見直したような視線をリタ達に向ける。


「……ふむ。なかなかやりおるわ。それに比べて、我が息子は……」


族長ラボルチュは部屋の隅で縮こまっていた息子を苦々しく一瞥した。魔物は去ったが、息子のナムジンは未だ頭を抱えてしゃがみこんでいる。


「ナムジン様、もう安心じゃ。ホホホ。こっちへ来なされ」


シャルマナに促され、そろりと立ち上がったナムジンは、そこでようやく安心したように父親の前へと戻ってきた。


「みっともない姿を見せてしまい、申し訳ありません父上……」


「ナムジンよ。お前はいずれ集落を導かねばならんのだ。魔物一匹に怯えてどうする?」


「はい……面目ないです。差し違える覚悟でしたが、いざとなったら足が震えて……」


ナムジンは青白い顔で悲愴なまでの覚悟を決めていた。些か大袈裟過ぎるような気もするが、本人は切実なのだろう。
そんな息子の言い訳を聞いたラボルチュはというと、呆れてそれ以上追及することを諦めたようだった。


「……よいか、ナムジンよ。もう一度チャンスをやろう。次こそ魔物を仕留めるのだ」


何としても魔物退治をさせたいらしい。ラボルチュは「次そこ」と言葉を強調して言った。


「そんな、父上! ボクには無理です!」


ナムジンは悲観した面持ちで父親に訴える。しかし、ラボルチュは聞く耳も持たない。


「ええい、お前達! 縛ってでも、この馬鹿息子を魔物退治に連れていけ!」


痺れを切らして怒鳴ると、後ろに控えていた従者がナムジンを羽交い締めにして拘束してしまった。そして、そのままどこかへと連行されていく。


「うわーーー!! やめろーーー!! 助けてくれシャルマナー!!」


喚きながらナムジンは強制的に退場させられ、その場に沈黙が訪れた。ナムジンの声が遠のいたからか、よりいっそう静かに感じられる部屋の中で、ラボルチュのため息がやけに大きく聞こえた。


「あいつが次の族長になるかと思うと、オレは不安で不安で、おちおち寝ることも出来んよ……」


「わらわに懐いてくれて、かわいいではありませぬか。ホホホ、愛しい子じゃ」


息子の現在の有り様に苦悩するラボルチュとは対照的に、シャルマナは実にのんびりと楽観的なものだ。


「……リタよ、見苦しいとこを見せてしまった。あれがオレの息子ナムジンだ。あいつが今のまま族長になったら集落は大変なことになる。オレは父親としてアイツに自信を持たせてやりたい。だが一体どうすれば……」


確かに、ナムジンのあの頼りなさは自信がないところに起因しているように思える。だから族長は魔物退治をさせたがっていたのかと納得したものの、いきなり魔物退治というのはさすがに無茶ではと少々心配になる。
……だからと言って、他に自信を持たせる方法などすぐには出てこない。考え込むリタの耳に、シャルマナの声が飛び込んできた。


「ホホホ、そうじゃそうじゃ。わらわは良いことを思い付いたぞ。おぬしは、この草原に、確か光る果実を探しに来たと言っておったな?」


「は、はい……」


そう、元々の目的は女神の果実。族長の息子に自信を持たせることではなかったはずだが、このまま放っておくのも気が引けるというか……。持ち前のお人好しを発揮しようとしているリタであった。


「ホホホ、魔物退治に協力いたせ。そして魔物のとどめをナムジン様に刺させるのじゃ。おぬしが役目を果たせば果実探しに協力いたそう。無事に見つかると良いがな」


「え……っと、それは……」


弱った魔物にとどめだけを刺したところで、それはナムジンの自信に繋がるだろうか。疑問を持ったリタがすぐに返事を出来ないでいたが、ラボルチュは納得したように頷いた。


「うむ。シャルマナがそう言うなら、それで良いことにしよう。ナムジンは集落の北にある狩人のパオで身支度をさせている。リタよ、助けてやってくれ」


遊牧民の誰かが族長はシャルマナの言いなりだと言っていたが、このやり取りを聞いていると本当にそうらしいと分かる。これでは、集落の最高権力者が誰だか分からない。


「えと……分かりました。やってみます」


この集落に来てから妙なことばかりだ。シャルマナという人物や魔物の襲来、息子ナムジンのことも心配である。魔物退治の手助けをすることになってしまったが……それが集落の平和に繋がるようなら協力したい。
――こうなったら、とことん付き合うことにしよう。若干諦めつつ決意したリタだが、後にこれが大きな騒動へと発展するきっかけになるだなんて知る由もない。








(魔物退治)
05(終)




―――――


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