第十章 05-1
「おい、そっち行ったべ!」
「道を塞ぐだー!」
すでに集落内へと侵入していた魔物を相手に、遊牧民達は全員で追い出そうと必死だ。族長のパオへ入れまいとする姿は、先ほどのリタ達に対するおっとりとした対応とは正反対だった。こんな時だというのに、族長の息子であるナムジンは部屋の隅に縮こまったままである。
いささか強引ではあったものの、シャルマナに頼まれたリタは出没したという魔物を退治するためパオを飛び出す。
ちょうど、サルのような魔物がこちらめがけて突進してくるところであった。
この魔物には見覚えがある。カルバドの草原にも似た種類はいるが、こちらは少々毛色の違うもののようだ。
皆が立ちふさがったせいで、退路のなくなった魔物は、リタの前に飛び出してきた。低いうなり声を上げながら、こちらの様子を伺っているようである。
「グギギ……」
武器を構えるリタに襲いかかるかと思われた魔物は、しかしじりじりと後退し、クルリと向きを変えて柵を越えて集落外へと飛び出して行ってしまった。
「あ、あれ……?」
特に何かした覚えのないリタはただぽかんと魔物を見送った。後ろの仲間達を振り返るが、いずれもリタと同じような反応である。
「逃げてしまいましたわね……」
「何だったんだ一体」
それぞれの呟きには、戸惑いや呆れが含まれている。
これだけの騒ぎを起こしていたのにも関わらず、敵を前にして逃走したのだから、拍子抜けも良いところである。
「おお! 海から来た人が追っ払ってくれただ!」
「いんやぁ、すっげえなぁ! まるでシャルマナ様みてぇだ」
「んだんだ!まったくだべ! ほれ見ろ、魔物が逃げて行っただ!」
リタ達が魔物を追い払ったと、遊牧民達は歓声を上げる。リタを見て逃走したのだから、追い払ったことにはなるだろう。
そんな遊牧民達の盛り上がりを眺めたリタは、改めて後ろの三人に問いかけた。
「えっと……私達何かした?」
「いや、特には何も……」
レッセの言う通り、四人とも何かしたわけではない。魔物が逃げ出すということは珍しいことではないが、集落の中にまで入ってきたのにアッサリと逃げ出すなんて、何だか不自然だ。
「魔物が族長を狙ってるとか言ってたが」
アルティナが口にしたのは、先程交わされていた族長とその息子の会話でのことだ。息子に魔物退治させようとしていたが、ものの見事に失敗に終わっていた。
「あの魔物が、そうなのかな……?」
魔物の去った方を見たが、そこは草原が広がるだけで、魔物の影が遠くで黒い点のように見えるだけだ。戻ってくる気配はない。
「その割には随分とアッサリ逃げて行きましたけどね」
レッセは、結局使わず終いとなった杖を眺めながら息をついた。魔物がいなくなった今、武器の出番はもうないだろう。
あの魔物は一体何だったのだろうか。集落に侵入はしたが、誰一人としてケガをしていないようだし、そもそも一匹で集落に乗りこんでくるとは何とも無謀だ。
「族長さん、魔物に狙われているだなんて……何か恨まれるようなことでもなさったのかしら?」
「さぁな」
カレンの疑問に対するアルティナの回答は何とも適当である。しかし、集落に来たばかりのリタ達に、そんなこと分かるはずもないのだ。
リタは首を傾げながらも、魔物がいなくなったことを報告するために、再び族長のパオへと戻るのだった。
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