天恵物語
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第十章 03

カルバドの集落には、パオという移動型の住居が立ち並んでいる。草原中を移動するためにテントのような形状をしたパオの近くでは、馬や羊といった家畜がのんびりと草を食んでいる。
どこか牧歌的な風景を前に和みつつ、リタ達は集落に足を踏み入れた。集落の入り口辺りにいた遊牧民の一人は、リタ達というよそ者の存在にすぐ気がついたようで、声をかけられた。


「あんれま、珍しいお客だな」


「こんなとこまで来るとは、さてはおめえもシャルマナ様に会いに来ただな?」


「……シャルマナ様?」


知らない名前が遊牧民の口から飛び出した。リタが首を傾げると、遊牧民達はシャルマナなる者がどのような人物であるかを口々に述べた。


「シャルマナ様は、ある日風のように現れて、この集落に住むようになっただ。これがまた美人な方でな」


「しかも摩訶不思議な術の使い手なんよ」


「摩可不思議な術……」


魔法、と言わない辺りにつっかかりを覚える。占いとか超能力の類いのものかもしれない。
魔法に詳しいレッセはそこが気になるらしく、遊牧民の言葉を反芻した。


「そんな力を持った方が、この集落にいらっしゃいますの?」


カレンの問いかけに、遊牧民は揃って頷いた。


「んだ、族長とナムジン様はすっかりシャルマナの言いなりになっちまっただよ」


「まぁ、あんだけの美人ならホネ抜きにされても仕方の無え話ってもんだべ」


族長がシャルマナの言いなり……つまりそれは、この集落の実権を事実上握っているのがシャルマナということになる。
族長とシャルマナの他、もう一人の人物の名前が上がった。ナムジンと言っていたが、それは一体誰なのか……どういった人なのだろうか。遊牧民の一人が補足的に説明してくれた。


「ナムジン様っつーのは族長の一人息子だ。甘えん坊なお方でな。小さい頃、母上様が傍を離れただけで大泣きしてただ。母上様が亡くなられて、きっと今でも内心は寂しくて堪らねぇはずだ……」


「パル様が今もこの世に生きておられたら、族長もああはならなかったべ」


「奥方様はしっかりしたお方だったからなぁ」


リタ達を珍しがっていた遊牧民達だったが、やがて身内同士の世間話へと移っていった。
たった今得た情報から察するに、族長の妻であったパルという人物はすでに亡く、現在族長とその息子ナムジンはシャルマナの言いなりになってしまっている。遊牧民達のシャルマナに対する心証は悪いわけではないが良くもない、といった具合だろうか。


「摩可不思議な術……って何だろうね?」


族長を入れ込ませるだけの実力を持つ人物のようだが、遊牧民達の説明ではいかんせん抽象的過ぎてその中身が見えてこない。
それまで黙って聞いていたサンディがリタの横から口を出した。


「てゆーかそんなスゴい力持ってんならサ、もしかして女神の果実を探せちゃったりとかするんじゃん?」


「どうだろう……そういう占いを聞いたことはあるけど」


レッセは首をひねって呟いた。シャルマナの力がどんなものか分からない内は憶測でしか考えることが出来ない。実際に会って話を聞くことは出来るだろうか。


「そんな胡散臭いヤツ、アテになんのか?」


呆れを含んだアルティナの言葉に遊牧民の一人が反論する。


「バカにするでねぇよ。シャルマナ様の力はホンモノだべ」


「だけんどオラも、最初は胡散臭ぇヤツが来ただと思ったもんだ」


「何を考えているのか分からんお人だってとこは今も変わんねぇだよ」


どうやらシャルマナへの心証は集落内でも人それぞれのようだ。どんな人物かは分からないが、一度会ってみようと、リタは族長達の居場所を尋ねた。


「あの、族長さんとシャルマナさんってどちらにいらっしゃいますか?」


「あの小高い丘の上にパオがあるのが見えるべ。あそこが族長様のお家だぁ」


遊牧民の一人が集落の奥を指を差した。その方向を見ると確かに、少し高くなっている場所にパオがあった。そこからは集落全体を見渡すことが出来そうだ。


「ありがとうございます。ちょっと行って来てみます」


「くれぐれも気をつけるだよー。族長は頭の固いお人だからなぁ」


終始のんびりとした調子の遊牧民達に礼を言い、リタ達は族長のパオを目指すことにした。


「それにしても、とても長閑ですわねぇ……」


狩りを行い、家畜を育て、草原を移動する遊牧民族。どのような場所なのだろうと思っていたが、穏やかで平和な他の村と対して変わりはない。このカルバドの集落も平和そのものであった。


「そうだね、女神の果実はなさそうかな……」


リタはきょろきょろと辺りを見回すが、そこにはのんびりと穏やかに生活を営む遊牧民の姿が映るだけだ。
数々の事件を引き起こしてきた女神の果実のことだ。もし果実がこの村にあったとしたら、何らかの変化が生じているはずで、今のところこれと言った異常は見当たらない。


「ま、ゾクチョーとシャルマナって人に聞けば分かるっしょ」


サンディが肩を竦める。
一見女神の果実とは無縁に見える集落だが、シャルマナの不思議な力というのは気になった。


「……で、お前はいつまで隠れてるつもりだ?」


呆れたように、アルティナは背後のレッセに問う。
遊牧民との会話中、例に漏れず人見知りを発揮していたレッセは陰から様子を窺っていたのだった。初対面の相手を前にすると、手頃な障害物を見つけては身を潜めようとするレッセである。今回の障害物はアルティナだった、というわけだ。
素直に認めるのはシャクだったのか、レッセは誤魔化すように言い繕った。が、強がっているのはバレバレである。


「はっ、つい……じゃなくてっ、アルティナが大きすぎて隠れちゃうだけです!!」


「自分がチビだって認めるのか」


「チビじゃない! というか、そんなこと一言も言ってなーいっ!!」


レッセは顔を真っ赤にして抗議するも、アルティナは飄々とそれを受け流す。そんなやり取りをしていると、自然とレッセの言葉遣いも崩れてくるようで。二人の口ゲンカを見ていると、何だか微笑ましくなってくる。


「なーんかあの二人、本当に兄弟みたいだよネー」


「仲良しなのは良いことですわ」


うんうん、と頷いたカレンに、「仲良しじゃない」と抗議の声が二つ同時に上がった。声の主は言わずもがなレッセとアルティナである。声が揃ったあたり、その言葉にあまり説得力はない。


「息もぴったりだね」


「リタまでそんなこと言わないでよ……」


よほど不本意なのか、レッセはがっくりと肩を落とす。アルティナもあまり良い顔はしていない。二人には悪いが、何だかおかしくてリタはクスリと笑ってしまった。
どこまでも和やかな風景の広がる中、その集落は、不穏だとか危険だとかそういったものとは一切無縁の場所に見えた。










(どこまでも続く草原のように)
03(終)




―――――
訛りむずい。


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