第十章 04-1
族長のパオは、他のものより一回り大きく、いくつかある段差の中でも一番上のてっぺんで泰然と佇んでいた。
そのパオの目の前までやってきたリタは、入り口へと近寄った。テントのような住居を見るのは初めてである。骨組み以外全てが布で出来たような外観の中で、扉は木製だった。
「ここで良いんだよね……」
間違えようはないが、一応確認の意味も込めてリタは呟いてみた。後ろを振り向けば、目の合ったカレンが頷く。
「ええ。……族長様とシャルマナさん、どんな方なんでしょう?」
「……族長さんは頭堅いらしいですけど」
レッセは先ほどの遊牧民との会話の中で知り得た情報をボソリと洩らす。……もっとも、その時レッセはアルティナの陰から様子を窺っていただけで、会話に参加していたわけではないが。
パオの前に突っ立っていたところで扉は勝手に開くものではない。リタは怖々と扉に手を伸ばす。
(まずはノック……?)
扉に手の甲を向け、軽く叩こうとしたところだった。ノックの音が鳴る前に、扉がガチャリと音を立てたかと思えば独りでに開いた。
「え……えっ?!」
扉が勝手に動いたのか、と度肝を抜かれたリタだったが、そんなわけはない。開け放たれた扉の先に、妖艶な美女が立っていた。古めかしい杖を持った占い師のようなナリをしており、顔の大部分は布で隠されていたが、それでも美しい顔をしているのがハッキリと分かった。
その美女が目の前の扉を開けたのだと、リタはすぐに察する。だが、タイミングが良すぎやしないだろうか。
一同が呆気に取られる中、その美女だけがころころと鈴の音を転がすような声で笑っていた。発する言葉はいかにも古風であったが、しかしそれが似合っている。
「ホホホ、驚かせてしまったかえ? 珍しい気配がしたと思ったのじゃが……何ともかわいらしいお客人じゃのぉ」
「え、と……気配で分かるものですか……?」
リタは恐る恐る尋ねてみたが、相手は変わらず笑顔を崩さない。否定しない、ということはそういうことで良いのだろうか。
「もしかして、貴女がシャルマナさんですの?」
カレンが問うと、占術師のような格好をした美女は鷹揚に頷く。
「いかにも、わらわがシャルマナじゃ。……お主、族長に用があって来たのじゃな?」
「は、はい」
シャルマナにも用はあるが、ひとまず族長にも会うべきだろう。リタが頷くと、シャルマナは後ろを振り向いた。
「ラボルチュ様、あなたにお客様じゃ」
シャルマナの視線の先を追えば、立派な椅子に壮年の男が泰然と座っていた。厳つい顔にひげを蓄え、その堂々とした態度を見れば、この人が族長なのだとすぐに分かる。
シャルマナに促され、族長はゆっくりと立ち上がる。
「オレが族長のラボルチュだ。お前は、海から来たよそ者だな」
リタは海どころか空からやって来たわけだが、さすがにそんなことを面と向かって言ったりはしない。族長であるラボルチュは、リタ達が草原の民ではないことを確認するために言ったのだろう。
突き放すような言動をするラボルチュに対して、シャルマナはリタに距離を詰め、じっと何かを見定めるように凝視した。
「えと……シャルマナさん?」
「おぬし、常人とは異なる気配を感じるのぅ。名は何と申す?」
「リタ、です。……う、海から来ました!」
内心ぎくりとしながら――いや、もしかしたら少し顔に出てしまったかもしれないが、リタはそれを必死に隠しながら答えた。 シャルマナが何を思ったかは分からない。分からないけれど、リタはこのまましらを切り通すつもりである。まさか、実は天使をやってまして……なとどはさすがに言えない。
もしかすると、シャルマナはその天使の力を察知したのかもしれない。わざわざそれを言うつもりは毛頭ないけれど。
「……ほお。リタと申すか。一体、草原に何の用じゃ?」
シャルマナはわずかに首を傾げて問う。リタはこの集落へやって来た目的を伝えるべく、口を開いた。
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