天恵物語
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第九章 30-2

ここにいるのは日常的に幽霊を見るメンバーであり、肝試しで実際幽霊が出ても、きっと取り乱すことはないだろうと思われる。肝を試せない。


「でもサ、天使像に出る幽霊ってのも気になるんですケド? もしかして出るのは幽霊じゃなくて天使だったりして!」


サンディの言葉にリタが頷く。今、天使界では、地上に降りた天使が戻ってこないという事態が起きている。それは、守護天使も例外ではない。つまり、現在、村や町を守る守護天使はいないはずなのだ。リタはこの旅でいろんな町村を訪れたが、そのどこにも守護天使の姿は見られなかった。
天使像に幽霊が出るのか、そして、それが本当に幽霊なのか、リタは気になっていた。


「もし幽霊じゃなくて天使だったら……地上に降りた天使達も無事かもしれないって分かるから」


「そっか、そういやアンタ以外の天使って、まだ天使界に戻ってきてないんだったっけ?」


リタと共に天使界に行ったことのあるサンディは、天使界の現状を少なからず理解しているところがある。
カレンとアルティナは初耳だったはずだ。


「リタ以外にも、地上に落ちた天使様がいらっしゃいましたの?」


「落ちたわけじゃなくて……地上の様子を見に行った天使達がね、一人も戻ってこないみたいで」


リタが唯一、地上から戻ってくることの出来た天使だが、羽と光輪を失っていた。もしかしたら、他の天使達もリタと同じ状況に陥っているのでは、とも考えたのだが、再度地上へ戻ってから一度も他の天使に会わないのは不自然だ。
天使達は、未だに行方が知れない。リタの師匠である、イザヤールさえも。天使である可能性が少しでもあるなら、肝試しに行きたいと切実に思う。
……ただ、深夜行くことになるため、完全に学院の規則を破ることになる。正確にはリタ達は学院の本当の生徒ではないため、見つかっても大目に見てもらえるかもしれないが、外へ抜け出した理由が肝試しだなんてさすがに言えない。


「私は行こうと思うんだけど、二人は……」


「お前が行くなら俺らも行く。決まってんだろ」


一応希望を取っておこうかと思ったが、アルティナによって、ほぼ決定事項のように言い渡された。


「そうですわ。リタ一人で行かせるなんてこと、させられませんもの!」


肝試しに意気込むカレンの横で、サンディも「もちろんアタシも行くんですケド?!」と念を押した。
話がまとまりかけたところで、こんこん、と扉がノックされた。きっとレッセだ。リタが扉を開けると、思った通りの人物が現れる。


「レッセさん、お疲れ様です」


「あ、リタ達こそ……」


お疲れ様でした、とレッセは律儀に頭を下げた。それから、部屋の中を見渡し、首を傾げてリタに問いかける。


「あれ、今誰かもう一人いなかった?」


「え?」


「別の人の声が聞こえた気がしたんだけど……」


「……それって、」


部屋にいた三人がサンディに注目する。そして、空中に浮遊するサンディは自分のことを指差す。


「もしかして、アタシのこと?」


リタ達はサンディの姿が見えてるので特に驚かないが、レッセからしてみれば、どこからともなく聞こえてきたような気分であったのだろう。うわっ、と声を上げ、部屋から飛び退いた。


「だ、だだだだ誰かいるんですか?!」


盛大に噛みながら後ずさる。その様子を見たサンディがレッセに近寄り、その目の前で手を振ってみたりあかんべー、と舌を出してみたりした。だが、レッセにその姿が見えてる様子はない。


「あーナルホド。目では見えないけど、耳で聞こえちゃってる的な? 何その中途ハンパな状態」


「……サンディ、レッセを驚かせちゃうから意地悪しちゃダメだよ」


リタが軽くいさめると、サンディは「意地悪なんかしてないじゃん!!」と反発する。
そろそろ失神するのでは、というくらい驚きを隠せないでいるレッセに、カレンは落ち着かせるように言い聞かせた。


「レッセさん、大丈夫ですわ。サンディは幽霊ではありませんから……その、多分?」


「多分は余計ヨ!!」


「そんなに驚く必要ねぇぞ。そこにいるのはただの黒い妖精だ」


「ちょっと、アンタのが一番聞き捨てならないんですケド?!」


アルティナも、レッセを落ち着かせるために言ったのだろうが、結果サンディを怒らせることになった。「アタシは黒いんじゃなくて、肌をオシャレに焼いてるダケなんだしーっ!!」と、アルティナに掴みかかるが、アルティナはどうでも良さそうに「はいはい、」と棒読みで受け流した。
すっかり毒気を抜かれたレッセがぽかんとその光景を眺める。


「えぇっと……?」


「大丈夫だよ、サンディは私達と一緒に旅してる仲間だから」


部屋に入るようレッセを促し、リタはパタンと扉を閉める。
大丈夫と言われても、やはり、姿が見えない相手の声だけ聞こえる状態は、すぐに慣れるものではない。レッセは持ち前の人見知りさえも吹っ飛ばしてしまうほど驚いていた。


「……初めまして、レッセと言います……」


「ふーん、アンタがレッセね。リタ達から聞いてるんですケド。アタシ、謎の乙女(ギャル)、サンディ。そこんところヨロシク」


「はぁ……こちらこそよろしくおねがいします」


謎の乙女(ギャル)というのは何だかよく分からないが、とりあえず頷いておいた。
レッセにサンディの声が聞こえたのは全く予想外であった。先に幽霊の話をしておいて良かった。
……何も知らなかったら、パニックになっていたかもしれない。そんなことをぼんやりと考えながら、レッセは目に見えぬサンディという、自称謎の乙女(ギャル)と言葉を交わしたのだった。









(謎の乙女があらわれた!)
30(終)




―――――
久々のサンディ登場。わ、忘れてたわけじゃないんだよ!←


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