第九章 29
モザイオの背後に見る幽霊は、エルシオン学院の初代校長・エルシオン卿だと判明した。
事実を知った四人は、とりあえず旧校舎から引き上げ、それぞれの午後のスケジュールをこなした後、また集まることとなった。
(モザイオさんの背後にいたのは、エルシオン学院初代の校長先生……)
リタは、ボンヤリと黒板を眺めながら旧校舎でのやり取りを思い返す。
女神の果実が墓から消えたことを知った時点で、予想していたことではあった。初代校長エルシオン卿は、女神の果実を食べて、不良生徒を誘拐するようになったのではないか、と。ここまで来ると、探偵でなくたって推理出来るだろう。
しかし、動機はまだ分からないままだ。なぜ、初代校長がそんなことをしているのだろう。
もやりとした気持ちは晴れることなく、そのまま授業に取り組むこととなり、案の定、授業内容は全然頭に入ってこなかった。授業が終了する鐘がなっても、気付かないほどだ。我に返ったのは、目の前を生徒が横切った時だった。
「はっ……終わった?」
時計を見れば、すでに授業が終わっている時間だ。大半の生徒が退室し、教室内にいる生徒はまばらだった。
ずっと上の空で授業を聞いていたなんて、担当教師には悪いことをしてしまった。心の中で謝りながら、教室を出ようとする。この後、アルティナやカレンと合流するつもりだ。
「あの……」
ちょうど、教室を出るところだった。
誰かから声をかけられ、リタが振り返る。顔には全く見覚えのない、知らない男子生徒だ。この学院に来てから今まで、初対面の生徒からはあまり声をかけられたことのなかったリタは目を瞬く。
「リタさんですよね」
どことなく、緊張した面持ちで名前を呼ばれた。本人なので、とりあえず頷いておく。
「そうですけど……」
しかし、なぜ名前を知っているのだろう。まさか、どこかで会ったことがあるのだろうか。不安になり顔を曇らせると、男子生徒は不審がられたと勘違いし、慌てて言い訳した。
「いえっ、違うんです! 名前は偶然耳にしただけでっ!」
「あ、そうなんですか」
何が違うのかは分からないが、とりあえず初対面らしいことを確認出来てひと安心する。一方的に忘れていたら失礼だ、と一人悩んでいたリタであるが、その真相が別のところにあるとは思いもしない。
「……今、時間ってありますか?」
「今、ですか。すみません、えっと……人と会う約束してるので、少しだけなら大丈夫なんですけど」
時間的には、リタが待たせている状況である。申し訳ないが、今はあまり時間に余裕があるわけではない。次の授業もある。
「約束、」とぽつりと呟いた生徒は今度は別のことをリタに聞く。
「それって、アルティナって人とですか?」
「……? はい」
なぜ分かったのだろう。リタは首を傾げる。アルティナの他にカレンとも会うが、それは言う必要ないだろう。そう思ったが、またも男子生徒は違う方向に勘違いしてしまい、やっぱり、と肩を落とした。
「すみません。あの、やっぱり何でもないです……」
「そうですか……?」
結局、男子生徒になぜ話しかけられたのか、男子生徒が何をリタに話そうとしたのか、分からないままで首を傾げたリタだった。もっと良く分からなかったのは、数人の生徒の輪に加わった男子生徒が、やっぱり噂は本当だとか何とか、と口にしたことである。
(噂……?)
少し気になったが、引き返して聞くのはなんとなく気が引けて、リタはそのまま教室を離れていった。
リタが噂の内容を聞くのは、もう少し先のことである。
(飛び交う噂)29(終)
―――――
鈍感故に気付かないっていう話。
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