第九章 21
「で、モザイオ。君なんでここにいるの」
やや憮然とした面持ちでレッセは痛みを訴える前頭部をさする。鈍い痛みに顔をしかめた。若干涙目なのは仕方ない。勢い良く空いた扉にぶつかり、派手な音を立てたのだ。コブが出来るだけで済んだのは幸いだった。
「見て分からないか? 隠れてた」
分からないから聞いたのだが。
「……君、また何かやらかしたのか。何でまたこの部屋に……」
「だって、前この部屋使ってたの俺だぞ」
「それは君が勝手に空き部屋を占領してただけだろ!!」
ツッコミとも指摘とも取れるレッセの傍らで、カレンが赤くなったコブの手当てをしていた。いきなり扉を開けてしまったせめてものお詫びである。
「……それにしても。部屋に人がいると、よくお分かりになりましたわね」
「明かりが漏れてたからな」
答えたのはアルティナだ。この寮は、入り口の扉の下に隙間があるため、そこから明かりが付いているかどうかで人がいるかが分かる。ただし、夜にしか出来ない判別方法だが。
「そういえばそうだったかしら。……それで、モザイオさん、あなたはいつまでここに居座るつもりですの」
「あんたが衝突事故起こすからタイミング見失ったんじゃないか」
「私のせいですの?!」
「少なくとも俺のせいじゃねぇぞ!」
そして、先程と似た口論を繰り返す両者。出会ったばかりのアルティナとカレンを思い出す。
止めても無駄そうだと悟ったリタは傍らのアルティナに声をかける。
「アル、何か分かったことあった?」
リタが言っているのは、二手に分かれての情報収集のことだ。ちらりとリタを窺ったアルティナにもそれは伝わったようだ。
「……まぁ、なかったわけではない」
リタ達同様、アルティナ達もこれと言って大きな収穫はなかったのだが、気になることが一つある。
「どうやらこの誘拐事件は幽霊の仕業なんだと」
「え、幽霊?」
リタの一際大きな声はカレンやモザイオにも届いたようで、二人は同時にリタを振り向いた。
リタとアルティナのやり取りにレッセも口を挟む。
「そういう噂が出回ってるみたいです」
幽霊。
その単語を発した瞬間、リタとアルティナとカレンの視線がモザイオに向かった。無論、モザイオの背後に幽霊を見たあの三人である。
「……おい、何でみんな俺を見るんだよ」
レッセに関しては、モザイオに視線が集まっているためにつられただけだが、他の三人は確信を持ってモザイオを見ていた。
噂が本当だとしたら……不良生徒から一転、重要人物になりそうだ。
ただ、本人には幽霊に憑りつかれている自覚はない。
「……別に。ただ、幽霊に狙われそうなヤツだと思っただけだ」
「はぁ? どういう意味だよ」
「素行悪くて誘拐されやすいってことじゃないの」
アルティナの発言につっかかったモザイオに、レッセが冷静に返した。レッセはモザイオに視線が集まった理由を“誘拐されそうな不良だから”と解釈したようだが、それはあながち間違っていなかった。むしろほぼ合っているとも言えるかもしれない。誘拐された生徒は全員、素行に問題のある生徒だった。しかし、レッセもモザイオもリタ達が幽霊が見えることを知らないし、本人達も見えていない。
「あの、モザイオさん。最近体が重いとかだるいとか感じることありませんか?」
「もしくは、体調を崩したとか悪寒がするとかでもよろしいですわよ」
リタとカレンが立て続けに質問すると、モザイオは不審そうに眉間にシワを寄せた。
「はぁ? そんなもん感じたことねぇよ。ていうかお前ら何、俺に幽霊が憑いてるとか言いてーのか?」
その通りで、実際モザイオの背後に幽霊を目撃したことがあるが、本人は胡乱な目付きをするだけで全く信じていない。
「幽霊なんかいるわけねぇだろ。けっ! 今時そんなのガキんちょだって信じねぇっつーの」
全く聞く耳を持たないまま、モザイオは「邪魔したな」と去り際に一言置いて部屋を出ていった。
バタン、と扉の閉まる音を聞いた途端に三人は顔を突き合わせる。
「何だか一気に事件の核心へ近付いた気がしますわ……」
「てことは、モザイオさんに憑いてた幽霊が犯人だったり?」
推測の話でしかないが、可能性としてはないわけではない。噂が本当なら、次はモザイオが失踪してしまうかもしれない。
「その前にお前ら、コイツにどう説明するつもりだ?」
アルティナの、コイツ、と指した方向には、置いてけぼりで全く話に全くついていけないレッセがいた。
レッセのことを忘れていたわけではない。ただ、“事件の犯人は幽霊かもしれない”という新情報に気を取られていて、レッセに自分達が幽霊が見えるということを打ち明けていないのを忘れていただけだ。
「えぇっと……モザイオに本当に幽霊が憑いているんですか?」
というか、幽霊っているんですか?
訳が分からないという表情で根本的な質問をされた三人は詰まった。
さて、どう説明したものか。
(犯人は幽霊?)21(終)
―――――
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