第九章 20
初代校長の墓に女神の果実を供えた生徒は判明した。後は、誰が持ち去ったかが分かれば果実の行方が見えてくるところなのだが。
「うぅ……全然分からない」
「持ち去った人物に関しては手がかりゼロですから……」
レッセの目撃情報を最後に、果実の存在はぷっつりと消息を途絶えさせている。
果実の発見者を見つけた後、墓の周りをいろいろと調べてみたものの、外が暗いこともあってか目ぼしい手がかりもなく、仕方なく断念して寮へ戻ってきたリタ達だった。アルティナとレッセの方は別れた後どうなったのだろう。二人はまだ寮へ戻っていない。そろそろ戻ってくる頃だとは思う。もうすぐ夕食の時間だ。
リタとカレンは、一つの部屋に集まって、他二人の帰りを待っていた。
「あちらは何か手がかりを見つけられましたかしら」
「うーん、そうだね……」
今日の聞き込みを行った後も、女神の果実探しは難航しており、後はアルティナとレッセの情報待ちである。
探偵なんて慣れないことをしているからだろうか。思ったように捜査は捗らない。
「例えばですけれど、すでに女神の果実が誰かに食べられてしまっていたとしたら……何か学院で変化があるはずですわよね」
「……実際、事件起こってるよね」
やはり、女神の果実は食べられており、そのせいで事件が起こっているとしか思えない。
「てことは、事件の犯人と果実を食べた人は同一人物?」
あくまで仮定の話ではあるが、なかなか最もらしい話ではある。
「その可能性はありますわね。断言はできませんけど……」
「今までいろいろあったからね……」
女神の果実が為すことは予測不可能なことばかりで、そのせいで苦労の連続だった。規則性があるとしたら、何か異形化、怪物化することが多い……くらいだろうか。例外もあるにはあったけれど。
「手がかりがない時は、とりあえず何か仮説でも立てれば、方向性が決まって捜査しやすくなると思いますの。もしかしたら別の手がかりが見つかるかもしれませんし」
「……すごい、カレン。何か本当に探偵みたいだよ!!」
「そ、そうでしょうか……?」
何気なく思ったことを口にしてみた言葉なのだが、それを聞いて子供みたいに目を輝かせるリタ。その視線が何だか照れくさかったのか、カレンは髪をいじる。
「と、とにかく、まずは帰ってきたアルティナとレッセの話を聞くのが先ですわね」
何か分かったかもしれないし、と話を締めくくった直後だった。
どんどん、と部屋の扉を叩く音がした。かなり乱暴な叩き方だ。今もしきりに叩かれていて、何か必死さのようなものが伝わってくる。
アルティナ達が帰ってきたのかとも思ったが、こんなに必死にドアを叩くのも不自然た。
カレンと二人して顔を見合わせたが、結局あまりにも忙しないノックに急かされるように扉を開けた。
「えっ、モザイオさん?」
意外な人物が立っていたことに瞠目したリタだったが、相手はそんなこと気にしている余裕もないようで、辺りをキョロキョロと見回していた。
「おう、やっぱリタだったか。悪いが少し匿ってくれ」
「へ?」
返事も聞かず、モザイオは部屋に滑り込むと後ろ手に扉を閉めた。ドアの外を未だ警戒しているようで、外の様子を伺っている。
突然のことにリタは呆然としたまま、モザイオをぽけっと見ているだけだ。が、生まれつきのお嬢様気質なカレンが黙っているわけもなかった。
「あなた、女の子の部屋にズケズケと入ってくるなんて非常識にも程がありますわよ!!」
「ちょっ、静かに! 見つかっちまうだろうが!」
しー、と口の前で人差し指を立てるモザイオの必死さに圧されて、カレンは口をつぐむ。程無くして、モザイオを呼ぶ教員らしき怒声が部屋の前を通り過ぎていった。
「ふう、ようやく撒いたか」
「……一体何をしたんですかモザイオさん」
「別に大したことはしてねぇよ。ちょっと、チョークでドミノして教室粉まみれにしただけだ」
結構大したことだと思う。というか、何でドミノなんかし始めたのだろう、この不良は。
モザイオの突然の乱入に憤慨していたカレンだったが、ドミノの話を聞き、呆れたように問う。
「あなた、教室で一体何やってますの……」
「だよなー、チョークって細すぎてドミノに向かねぇんだよ、ジェンガにしとけば良かった」
そういう問題でもないし、ドミノやろうがジェンガやろうが大差ない気がする。
「……とにかく! 用が済んだならさっさと出ていったらどうですの。女の子の部屋に長く居座るもんじゃありませんわよ!!」
「おい待て、まだあの先公近くにいるかもしんねぇだろ!!」
「そんなこと知ったこっちゃありませんわよ!!」
さぁ出ていった、と言うようにカレンが扉を開けた、その時。ゴンと何かがぶつかる鈍い音がした。
何事かと三人の視線が集まった先には、頭を押さえしゃがみ込むレッセの姿が――。
「え、レッセ?!」
出し抜けにリタが呼びかけるも、反応はない。うずくまり頭を抱えて悶絶している。ぶつかったドアの威力は相当のものだったらしい。
レッセがいる、ということはアルティナも一緒にいるはずで。レッセのすぐ傍にはアルティナの姿もあった。さすがに気の毒そうにレッセを見ている。
「きゃあっ、すみませんレッセさん!! だ、大丈夫ですの?!」
部屋にいた三人がレッセに駆け寄る。レッセは「だ……大丈夫……だから……」と返事したが、全く大丈夫そうには聞こえなかった。
「どう見ても大丈夫じゃねーじゃん、すごい音したぞ。お前が俺を追っ払おうとするから」
「元はと言えば、あなたが乱入してきたりなんかするからでしょう?!」
「俺のせいかよ!!」
レッセの登場により収まるかと思われた言い争いは、レッセの(気の毒な)負傷によって再開されることとなってしまった。
傍らには痛みを耐えて若干涙目のレッセ、それを心配したリタはレッセの傷の具合を確認し、目の前でモザイオとカレンの言い合いが繰り広げられる……というか、なぜモザイオがここに。
扉の向こうで一部始終を見ていたアルティナは、呆れたように息をつく。ツッコミ所がありすぎて、どうしたものか途方に暮れかけたアルティナだった。
「何やってんだお前ら……」
アルティナの心情を表すような、その一言。
それは、その場にいた全員に投げ掛けられた言葉だった。
(夕食前の一騒動)20(終)
―――――
モザイオの登場率が……。
[ back ]