第九章 22
「リタは守護天使で、天使界の願いが叶う果物を集めてて、幽霊が見えるんだけど、事件の犯人は幽霊かもしれない、と……?」
結局一から十まで説明することになったが、まだ頭の中で状況の処理が追いついていないレッセだった。
「……大丈夫かしら、レッセさん」
「固まっちゃったけど……」
「そりゃそうだろうよ」
自分の常識が、ものすごい勢いでひっくり返されているのだから仕方ない。
しかし、信じ難くてもこれが事実だ。嘘も偽りもない真実であるため、否定されたらどうすれば良いのか分からないのだが。
「信じてくれる、かな」
「…………そ、そうだね。作り話にしては出来すぎてるし、矛盾があるわけでもないし……嘘じゃないんだよね?」
「当然ですわ、嘘なんてついてません」
「なら、信じるよ」
説明されたことはとても信じ難いことだ。だが、この三人は嘘をつくような人達ではないと知っている。
「リタが幽霊見える理由は分かったけど、二人は?」
レッセの疑問はもっともだが、アルティナとカレンに関してはそういう体質だったとしか言いようがない。
「知らん、俺は生まれつきだ」
「私も分からないんですけれど……気がついたら見えるようになってましたの」
アルティナは元々幽霊が見えていたが、カレンはそんことはない。見えるようになったのは、三人で旅を始めて少し経った頃からだ。
「以前は霊感の欠片もありませんでしたのよ。やっぱり、この旅を始めたことに何か関係があったりするのかしら?」
「……きっと、そうなんだろうね」
これまで、幽霊に助けられたことは幾度となくある。冒険する上で、霊が見えることは必須ではないけれど、見えないと少し困るかもしれない。
「リタ、何か心当たりがありまして?」
「心当たりというか、私も、旅の助けになる力を天使界で貰ったことがあるから」
世界樹の木の下で祈った時に不思議な声を聞いた。あの声は一体誰だろう。世界樹が喋るなんて聞いたことがない。声の正体は分からないけれど、あの声が今回旅に出ることになったキッカケでもある。そして、旅の助けとなる力も与えられた。
この旅では、何が起こっても不思議ではないのだ。
「……だから、幽霊が犯人ってことも有り得るわけなんですね……」
難しい顔で考え込むようにレッセが唸るように呟く。とりあえず納得してくれたらしい。
「ごめんね、こっちの事情に巻き込んじゃって」
「リタが謝ることじゃないよ。早く果実が集まると良いね」
「うん……ありがとう、レッセ」
そう、女神の果実を早く集めて、人間界での異変一刻も早く止めなければならない。
「で、早速なんだけど。モザイオに憑いてる幽霊って……誰?」
レッセが尋ねるも、ハッキリとした答えを持つ者は誰もいなかった。一瞬の沈黙が訪れた後、各々思い出すように幽霊の容姿を告げる。
「……男の人だったよね」
と、リタ。
「良い歳したオッサンだったような気がする」
と、アルティナ。
「立派なおヒゲをお持ちでしたわよね」
と、カレン。
三人の答えからレッセが導きだした答えは。
「とりあえず、ここの生徒の霊ではないかな……」
……全く幽霊の正体を絞り込むことは出来なかったが、カレンはレッセの言葉でヒラめくものがあった。幽霊の出で立ちを思い出したのだった。
「そういえば教師風ではありませんでしたこと?!」
「はっ、確かにそうだったかも!」
授業を出ていたためにエルシオンの教師達を見ていたリタはカレンに同意を示す。
よほど派手な格好をしていない限り外見に頓着しないアルティナだけが「そうだったか?」と首を傾げた。彼に初対面で容姿を把握してもらうには、スライムの服並みの奇抜さが必要かもしれない。
「なら、昔ここで働いてた教師を調べてみれば分かるかもしれない……明日調べてみましょうか」
もし、あの幽霊がエルシオンの教師だったのだとしたら。何のためにモザイオに憑いているのか。
……何となく、分からなくはない。モザイオは不良の筆頭だ。だが、幽霊の正体が断定されたわけではないし、幽霊が今回の事件を引き起こしているのかも、まだ分からない。本人に指摘するには早過ぎるだろうか。
「次に狙われてるのはモザイオなのか……?」
口について出たレッセの言葉は、四人に不安を残した。
「……そうかもな。明日調べればハッキリしたことが分かるんじゃねぇの」
幽霊は幽霊でも、事件の犯人は別の幽霊かもしれないし、そもそも失踪は幽霊の仕業だと断定出来たわけではない。
だが、明日調べて、もしそれが本当だと判明したら。事件の真相には近づけるが、モザイオの身が危険であることがハッキリするわけだ。
事件の有力な手がかりが得られそうだと言うのに、素直に喜べない状況である。
推測が合っているかは、アルティナの言う通り、明日分かる。
(疑惑の幽霊)22(終)
―――――
ようやく事件の真相が見えてきたようです。
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