第九章 19-1
半ば強引に連れ出されたリタは、連れ出した張本人カレンと共に学校の廊下を歩いていた。
「リタと二人っきりは、何だか久しぶりな気がしますわ」
「……そうだっけ」
そういえば、そうかもしれない。旅の大半は共に過ごしたけれど、三人一緒であることが多かった。アルティナと二人だったことはそこそこあったけれど……というのも、カレンが二人に気を利かせたからなのだが、その片割れである当の本人は全く気付いていない。
そんな二人を、カレンは旅に加わった当初から見守っていたわけだが、現在に至るまで、二人の距離は近いようで遠い。それは相手を好いてる自覚のないリタが原因であるように思えるが、だからと言ってアルティナから何か働きかけるわけでもなく。二人が恋愛に疎いのはすぐに分かったことだ。
それにしたってリタの鈍さは相当である。アルティナがいつ想いを自覚したかは知らないが、今の彼の様子を見ていればリタのことが好きなのは丸分かりだし、本人も隠すつもりは毛頭ないようだ。リタはそのことにすら全く毛ほども気が付かないのだから……鈍感にも程がある。
リタはアルティナのことをどう思っているのだろう。いや、きっと「好き」なのだろう。ただ、それがどういう類いの感情なのかを理解していないだけだ。そんな、確信めいた自信がある。リタは鈍いが、感情は表に出やすい。はっきり言ってしまえば分かりやすい性格をしている。
強引にリタを連れ出したのは、真意を聞こうという意図があってのことだった。
と、いうことで。
「ここは単刀直入にいきますわ。リタ、アルティナのことどう思っていますの」
「え……どう、って言われても……どうしたの突然」
いきなり核心に迫ったカレンだが、リタはやはりというか、よく分かっていない。
「それは、その……好きか嫌いかってことですわ!」
「好きだよ?」
さらっとした回答に、カレンは脱力した。多分、リタの“好き”は、カレンの問いただすそれではない。軽く頭を抱えた。
「私の言っていることとリタが言っていることは食い違っている気がしてなりませんわ……」
「えっ、何で?!」
リタからしてみれば、好きか嫌いか聞かれたから好きと答えただけだ。
カレンの反応は、リタにとっては理不尽に見えたが、端からみてみればリタが恐ろしく鈍感なだけである。どうして年頃の娘がこんなにも恋愛話に疎いのか。
「リタ……恋愛などに興味はありませんこと?」
「そういえば考えたことないかな」
キッパリと言い切られると、いっそ清々しい。というか考えたこともないとは、今までどんな生活を、ひいては交友関係を……と悩んで、ふと気付く。リタは天使だ。人間の枠の中で考えるのは少し違うかもしれない。
「そ、そうですの……」
そういえば、自分は天使のことをあまり分かっていない。守護天使として、人間界を影ながら守ってくれていることしか知らない。
どんな世界に住んでいるのか、どんな風に生活しているのか、何一つ知らない。
(それも、原因の一つなのでしょうか)
恋愛なんて考えたこともないと言ったリタ。
「あの、カレン……?」
先程まで機嫌の良かったカレンが今度は考え込んでしまったからか、リタが不安そうに名前を呼ぶ。目をパチクリさせたカレンは慌てて否定する。
「いえっ、ごめんなさい。今の話は気にしないでくださいませ。……それより女神の果実ですわね。確か、お墓にお供えした後の行方だったかしら」
「うん。目撃したのは、今のところレッセが最後だね」
ちらほらと女神の果実らしきものを見かけたという生徒はいた。時間的には、レッセを最後に目撃情報が途絶えている。また、誰が墓に供えたのか、誰が持ち去ったのかも不明。
とにかく、今日は片っ端から生徒に聞き込みをしていくことになりそうだった。
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