第九章 18
授業終了の鐘が鳴る。
授業を終えた生徒達はぞろぞろと教室から出て行き、出遅れたリタとアルティナは生徒の混雑が疎らになった頃合いを見て部屋を出る。すると、レッセが出迎えてくれた。どうやら、授業が終わるのを待ってくれていたらしい。リタ達を見たレッセは安心したように微笑んだ。
「見つけられて良かった。見逃したかと思ったよ」
「ごめんね、待たせちゃった?」
「全然。授業終わるタイミング見計らってきたから」
レッセとは合流出来た。あとはカレンだが、カレン
もこちらへ来ると言っていたはず。授業は終わったので、そろそろ姿を見せるだろう。
その間に、これからの予定を考える。
「うーん、これからどうしよう」
これと言ってめぼしい情報はなく、事件も果実も音沙汰なしである。事件現場を押さえようにも、失踪では場所の特定が出来るわけもない。
女神の果実は、初代学院長の墓に供えられていただけだったため、誰が供えて持ち去ったのか目撃者を求めるしかなかった。
「あの、ちょっと気になってたんだけどさ、リタ達の探してる女神の果実……だっけ? どうして集めてるの?」
「え、」
とても素朴な疑問がレッセの口から飛び出した。
どうして、と聞かれれば、それは天界のモノでありそして悲願でもあり、人間の手に渡った途端に厄介な代物と化するからである。が、そんなことを懇切丁寧に教えていれば、リタが天使であることから始まりいろいろと洗いざらい吐かなければならなくなるため、本当のことは言えない。加えて、リタがそのところをぼかして誤魔化しながら説明できるだろうか。
「それは、えーっと……あれは元々私の故郷のもので、だから回収を頼まれたと言うか……」
「そう、ですか。あ、果実ってことはナマモノですよね。てことは、早く見つけないと傷んだりとか……」
「ああっ、それは大丈夫っていうか……食用ってワケではないから、きっと!!」
当然と言えば当然な心配であるが、女神の果実はその範疇から外れた対象であるため、常識的な配慮は無用であった。
果実と言いながら食べるためのモノではないということにレッセは首を傾げていたが、リタもどう説明したものかと思案していたところであった。
「お待たせしましたわリタ!」
廊下の向こうからよく知る声が聞こえてきた。特徴的な喋り方ですぐ分かる。カレンだ。
カレンは、リタ達に小走りで駆け寄った。
「授業お疲れ様でした。あら、レッセさんもいらしてましたのね」
「そうだよ、カレンもお疲れ様」
「ど、どうも……」
レッセはまだカレンに慣れ切ったわけではないのか、言動にギクシャクとしたものを感じる。
全員揃ったところで、アルティナが「それで、」と本題を切り出す。
「何か情報はあったか?」
「そうですわねぇ、こちらの生徒さんにいろいろ聞いたりしたのですけれど、これといっては……あ、女神の果実らしきものを見かけたという話は聞けましたわ」
果実を見た生徒によると、見かけたのはつい最近ことで、やはり墓の前にあったのだとか。
「やっぱり、女神の果実はここにあったみたいだね」
問題は、それが今どこに行ってしまったのかということなのだが。
事件も果実の行方も、分からないことだらけだ。
「事件に進展はなし、果実も墓に供えられていたのは確かだが、その後の行方は知れずか」
アルティナの呟きに、レッセが頷く。
「手がかりが少なすぎますね」
まずは何から手を付けたものか。皆が押し黙った重い沈黙の中、カレンが一つ提案をする。
「悩んでいても仕方ありませんし、手分けして調べにいくというのはどうかしら?」
片方は事件を、もう片方は女神の果実を中心に。
「そうだね、今は二手に分かれた方が効率良いかも」
その方が、情報もより集まりやすくなるだろう。それに、片方がもう片方の情報を思いがけず手にいれるかもしれない。
問題は、その組分けであるが。
「だったら、リタは果実の方にしとけ」
「いいの?」
「いいも何も、果実探してんのお前だろ」
誰も異論なく、リタは果実を探す方向で校内を探ることになる。
「そういうことなら、レッセさんは事件の方でよろしいかしら」
「あ……はい」
リタが果実を探すとなると、学校の関係者――しかも生徒であるレッセは自然と事件組に入ることになった。
後は、アルティナとカレンがどちらに入るかであるが、そこは先手必勝と言わんばかりに、カレンが手を挙げて主張する。
「では、私はリタと同行することにしますわね!」
……主張というか、決定事項のように言い切った。
「よろしいかしら、リタ」
「うん、私は良いけど……」
アルティナとレッセはそれで良いのだろうか、とチラリと二人の様子を伺う。……その二人の間には、微妙な空気が漂っていた。
「あら、あのお二人なら仲良く捜査出来ますわ、そうではなくて?」
「どこをどう見たらそう思えるんだ……」
「昨日のやり取りを聞いて、に決まってますわ。リタもそう思いますでしょう?」
「え? えーっと……」
昨日のアルティナとレッセは……ほとんど口論に近いやり取りをしていたような気がするけれど。でも、言い合いをしているうちにいつの間にかレッセの人見知りが薄れていたし、仲が悪いわけではないんじゃないか、とリタも思う。
「うーん、言われてみれば……確かに?」
「ええっ、リタまで?!」
リタが曖昧にうなずくと、レッセは軽くショックを受けていた。
味方を得たカレンは、それで決まりと言わんばかりに話を切り上げた。
「そういうことですから、また後でですわ! さぁ行きますわよリタっ」
「あっ、カレンちょっと待って! ……えと、じゃあ寮でまた会おうね!」
リタはカレンの勢いに圧される形で、情報収集へと向かった。残された男二人は、嵐が去ったような気分でカレンとリタを何となく見送った。
おもむろに、アルティナが言い訳を言うように話し出した。
「……気にするな、アイツはいつもあんな感じだ」
「はぁ……」
何が、なんて言わなくても分かる。もはや諦念にも似た空気が漂っていた。
僧侶にはなったものの、お嬢様根性が消えることはなさそうなカレンだった。
(手がかりを探して)18(終)
―――――
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