天恵物語
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第九章 17-2

――何となく、面白くない。

その原因を作ってくれた本人は目の前にいるわけだが、そんなことこれっぽっちも伝わってないらしい。相手は呑気にも笑顔をこちらに向けるばかりだ。こちらの気も知らないで、などと思いながらも、いつもながらの満面の笑みに安心もする。アルティナは内心で溜め息をついた。
部屋に入ろうとした矢先のことである。よく知る声に名前を呼ばれて振り返ってみれば、リタと生徒会長だとかいう少年がこちらに来るところだった。名前は……。まぁ、その内思い出すだろう。アルティナは少年の名前を思い出すことを後回しにした。
その少年も授業を受けに来たのだろうか。だとしても、なぜリタと一緒にやって来ることになったのか。
少年は、こちらには警戒心剥き出しにしてくるくせにリタといる時ばかりは妙に親しげだ。こちらに近付いてきた時も、やはり警戒するような眼差しで自分を見ていた。その姿から小動物を思い出したものの、やはり気にくわないことには変わりない。多分、それはあちら側からしても同じだろう。


「道案内ありがとね、レッセ」


レッセの接近と共に、リタは振り返って礼を言った。
そうだ、少年の名前は“レッセ”だとか言っていた。


「ううん……あ、この人が方向音痴の彼ですか」


何気なくさらりと言われた一言が結構聞き捨てならなくて、アルティナはレッセへと視線を動かす。言わずもがな、自分はそんなこと一言も言ったことはないし、言うはずもない。と、いうことは……。
アルティナの目がスッと細められる。


「……誰から聞いた、それ」


予想はつくが、一応聞いておく。


「……リタ、ですけど」


「…………ほぉ」


やはり。
リタの肩がビクリと揺れた。目を合わせないようにしているところを見ると、身に覚えがあるらしい。しかし、アルティナの追及は容赦ない。リタが、嘘も冗談も下手なのは知っているが……だからと言って簡単に許す気はない。それとこれとは話は別だ。
アルティナは意地の悪い笑みを浮かべてリタの頬をつねる。


「昨日といい今日といい、言わんでいいこと言いやがって……余計なこと喋るのはこの口か?」


「ほ、ほめんなふぁい〜」


いじり倒してから手を離すと、若干涙目になりかけたリタは赤くなった頬を手で覆った。そこまで強くつねっていないはずだが、少し不満そうにこちらを見上げるリタを見ていると、もう一回やってみたい衝動に駆られる。が、理由もなくまた頬をつねるわけにはいかないので、そこは我慢しておく。
大方気の済んだアルティナは、それで水に流すことにした。方向音痴を知られるのは良い気はしないが、特に不都合があるわけでもなし。
ただ、それで「まぁ良いか別に」なんて思ってしまう自分もどうなのだろうと思わないでもないが。
……まぁ良いか。


「もうすぐ時間だ、さっさと中に入るぞ」


半ば強引に話を打ち切り、教室の扉を開ける。さっさと入れと促せば、リタは慌てて中に入ろうとする。しかし、その前に、とくるりと振り向きレッセを見た。


「えと、また後でね、レッセ!」


……また後で会うことになるのか。
げんなりしそうになったアルティナだったが、それはきっと向こうも一緒だっただろう。









(ひねくれ者同士の探り合い)
17(終)




―――――
どっちも結構素直じゃないっていう、ね。


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