第九章 16
(えーっと、次の授業は確か……こっち?)
今日予定されている授業の教室へ向かうため、リタは廊下をとぼとぼと歩いていた。授業は、三人一緒の授業もあれば、それぞれ違う授業を受けたりもする。また、時間帯もバラバラだったりするため、三人でいられる時間は意外と少なかったりする。レッセが言うには、生徒から不審がられないようにするためではないか、とのこと。ただでさえ季節外れの転入生で目立つのに、その上三人が常に固まって行動するのは怪しく映ってしまうらしい。事情的にも悪目立ちするのは避けたいため、授業に縛られる窮屈さは我慢すべきであろう。実際、すでに今、多くはないけれど視線を感じる……ような気がする。気のせいだろうか。
(転入生って、やっぱり目立つものなのかな……)
学校というものを知らないリタは首を傾げる。こうも注目されると、さすがに居心地が悪い。授業の時も、最初のうちは多くの視線を感じたものだった。
「……あ、レッセさん!」
「え、リタさん?」
見知った存在を見つけることが出来て、何だか安心してしまった。慣れない場所に一人でいると、どうしても不安になってしまう。
呼び止めたレッセは、学院長室からやってきたようだった。
「もしかして、学院長さんにご用があったんですか?」
「えぇ、まぁ少し……生徒会長だといろいろあるもので」
言葉を濁したレッセは明後日の方向を見ていた。
――リタ達が授業をやっている間、学院長の仕事を手伝わされているなんて、言いにくいし、言いたくない。リタ達だって授業に頑張って出ているのだから。
それに、言ったことはあながち間違ってはいない。
「リタさんこそ、次も授業ですか?」
「あ、はい。次で終わりなんですけど……」
……どうにも、教室が見つけられないと言うか。迷子とかではないのだが、先程から同じ場所をグルグル回っているような気がしてならないリタであった。
教室名を告げれば、少し考えた上でレッセはその教室がどこにあるか思い至ったようだ。
「……あぁ、あそこですね。じゃあ、一緒に行きませんか?」
「ありがとうございます! ……え、でも良いんですか?」
「はい、僕も同じ方向に用事がありますから」
レッセの親切な申し出に、助かった、と胸を撫で下ろす。エルシオン学院は校舎が広いので、教室を探すのも一苦労なのだが、レッセがいてくれたおかげで遅刻をすることはなさそうだ。
……リタも悪戦苦闘する広い校舎なのだが、それ以上に方向音痴のアルティナは大丈夫なのだろうか。
(きっと大丈夫だよ、ね……?)
結構、不安だったりする。
「どうかしましたか、リタさん」
「あ、いえ、アルがちゃんと教室にたどり着けているか不安で……」
「それ……って、お仲間さんのことですよね?」
はっ、と気が付いた時には遅い。こんなことをレッセに言っていたと知れればアルティナに怒られるに違いない。……この場にいなくて助かった。方向音痴くらい別に良いじゃないかとリタは思うのだが、アルティナはそうではないらしい。
「方向音痴なんですか?」
ずばり言い当ててしまったレッセに、リタはしどろもどろになりかけながら頷いた。
「えっと、その……まぁ、そんな感じです、ね……」
……自分の口の軽さに嫌気が差してくる。
「あー、あのっ、そういえば思ったんですけど……私って一応レッセさんの後輩ってことになるんですよね?!」
都合が悪い時の強引な話題変換であるが、この場にいるのはレッセだけなので、上手く話を反らすことに成功した。……今ここに、あまり誤魔化されてくれないアルティナがいたら、果たしてどうなっていただろう。
意図に気付かないレッセは、目を瞬かせるだけだ。
「まぁ、一応はそうなりますけど……」
「だったら、敬語とか入りませんよ。名前も“さん”なんて付けなくて良いですし」
「いえ、でも僕いつもこういう喋り方ですから……」
「えー、モザイオさんの時は普通に敬語無しで話してたじゃないですか」
細かいところは意外と気が付くリタであった。
「そんなことは……! ……、……ありましたね」
昨日のモザイオとのやり取りを思い出してか、思い至る節のあったレッセは否定を肯定へとすり替えた。
「だから、私にも敬語はいりません!」
「う……、分かりました。でも、それならリタさんも敬語じゃなくて良いです」
「でも、それは……」
「本来、先輩も後輩もないですし。それに……その、せっかく仲良くなれたとも、思うので……」
最後の方は言葉が尻すぼみだったが、レッセからしてみればかなり思いきって言ったことだった。恥ずかしさからか、赤くなる顔を押さえきれずにいるレッセを、リタは隣で見ていた。
「……そうですよね。私達、とっくにお友達ですもんね!」
「は……、はいっ!」
「じゃあ次から敬語はなしですよ!」
「はい!」
「返事も“はい”ではなく!」
「はいっ……ではなくて、えーっと……りょ、了解!」
束の間の沈黙。にらめっこをするように見つめ合っていた二人であったが、吹き出したのも同時だった。笑い合う二人の声が楽しげに廊下に響く。
「じゃあ……これからもよろしくね、レッセ!」
「うん、僕こそよろしく、リタ」
廊下は氷点下に達するほどの寒さだった。それはいつもと変わらないことだと、とレッセは知っている。――ただ、体の中は対称的に温かいものが満ちていて、自分を戸惑わせている。
人見知りゆえ、優等生ゆえに……人付き合い下手なレッセは、その正体を知らず、友人が増えたことを素直に喜んだのだった。
(芽生えたのは友情か、それとも……)16(終)
―――――
さぁ、どうでしょう(。-∀-)←
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