天恵物語
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第九章 15

一年中雪に覆われたエルシオン学院にやって来たのは、何かワケアリそうな三人の旅人達だった。
初対面の人には苦手どころか恐怖すら感じるレッセであったが、リタは気さくに話しかけてくれたし、他の二人も悪い人ではなさそうだ。いつの間にか普通に喋ることが出来ていた。まぁ、いろいろとドタバタしていたから、初対面に怯えている余裕もなかったのかもしれない。モザイオのこともあった。
モザイオは、不良の筆頭のような存在であるが、面倒見が良く、慕う生徒も少なくはない。ただ、授業をサボるのは考えものであり、サボるその真意は一体何なのだろう。サボったところで事態は好転しない、それどころか、むしろ悪化するだけだと思うのに。まず反抗期すらなかったレッセに、不良の心理が分かるはずもなかった。


(それに、今は不良ばかりが失踪している事件が起こっているのに……)


しぶしぶ授業に出ている不良生徒もいるようだが、モザイオは一向に授業に出席しようとしていなかった。


(分からない……というか、今の状況も分からないんだけど)


レッセは今、学院長室でなぜか雑務を手伝わされていた。


「学院長……僕はなぜこの部屋で書類整理なんてさせられているんでしょうかね!?」


「いや、彼らが授業を頑張っているのに、お前だけ何もないのは不公平かと思ってだな……」


彼ら、とは言わずもがなリタ達のことである。
お節介というか、余計な気を回したかのような言い分であったが、真意は別のところにあることをレッセは確信していた。


「……とか何とか言って、本当は仕事が溜まりに溜まっているから猫の手も借りたかっただけというのが本音でしょう?!」


「何を言っている。レッセ、お前のことを猫の手などと思ったことはない。……虎の手並には役に立っているぞ!」


否定しないんかい!
というか、大真面目に言うことでもない。この食えない学院長をどうしてくれよう。
……どうしようもないから、レッセは肩を落として脱力するしかなかった。
どうして、この人が学院長なのだろう。たまに不思議になる。


「まぁ、良いじゃないか。君のことだ、生徒会長としての仕事はすでに片付いているんだろう?」


「だからって、雑務とはいえ学院長の仕事までさせるの止めてもらえませんか」


文句を言いつつも、レッセの手は止まらない。何だかんだ言って、結局はちゃんと仕事をするため、学院長から仕事を押し付けられたのは何もこれが初めてというわけではなかった。
しばらく静かだった書斎に、レッセが再び口を開いた。


「学院長……その、学院長はどうして不良ばかり失踪していると思います?」


「それが分かったら、探偵を雇わずとも事件解決出来たと思うんだがなぁ」


ごもっとも。しかし、レッセにはやはり納得出来ない部分がある。


「なら学院長、なぜリタさん達を雇ったのですか」


見るからに探偵などという出で立ちではない彼ら。実際、リタ達は旅人であった。探し物をしているらしいが、巻き込まれた形だというのに、学院の事件を解決すると言ってくれた親切な人達である。


「外の人間なら、私達に見えないことも見えるのでないかと思って……と、まぁそんなところだ」


「はぁ……」


得られた答えはあやふやなもので、レッセは気の抜けた返事をするしかなかった。


(見えないもの……)


その言葉に何か引っ掛かりを覚えたレッセであるが、よく思い出せない。確か、昨日リタがそれに似た何かを言っていたような……聞かれたような。
そう、幽霊を信じるか、と問いかけられた。


「……学院長、幽霊がいると言ったら信じますか」


「幽霊?」


いきなりの質問にきょとんとしていた学院長だったが、やがて考え込み始めた。


「幽霊か……いたとしたら、困るな。試験のカンニングがし放題ではないか」


「いえ、あの……それ以前に幽霊は試験受けられませんけど」


大真面目に心配することが、それか。


「普通、そこは怖がるとか、見たくない関わりたくない目も合わせたくないとか、そういうものじゃないですか」


「ははは、まるで君が初対面の人間に対する時のようだな!」


「うっ……」


言われてみれば、確かに。
学院に入学して、これでもある程度慣れてきたものである。学院の生徒であれば、身内であることもあってか、カチコチに固まることはなくなったが、ある程度の距離は取ろうとしてしまう。今と昔を比べれば、かなりマシになった方である。
それくらい、当初の人見知りは相当なものであったということだ。


「いやはや、その君が生徒会長とは……思ってもみなかった。しかし、まぁ……人見知りは相変わらずだったが」


「……生まれつきのものなんですから、そう簡単には直せませんよ」


生まれつきの上、それを更にこじらせていたこともあって、それを直すのは一筋縄には行かない手強さである。レッセの人見知りは筋金入りだった。


「それは分かっているが……君が全校生徒の前で挨拶をすることになった時はどうなることかと思ったものだ。直前まで、死んだ魚のような目をして『みんなジャガイモ、そう体育館はジャガイモ畑』だとかブツブツ呟いていたからな……」


あの時は、大丈夫だと宥めつつも笑いをこらえるのが大変だった。
……と、学院長はそのことを思い出したのか、肩を震わせて笑っていた。ひたすら必死だったこちら側としては、全然笑っていられない事態であったのだが。


「酷いですよ学院長!」


こちとら真剣に苦悩していたというのに。
いや、笑いを堪えてくれたのは一応優しさなのだろうか。しかし、今思いだし笑いしなくても良いのではないかとも思う。


「いやー……悪かったなハッハッハッハ!」


ついには思いきり笑いやがった。
そして、学院長の謝罪が軽いのはいつものことであった。
学院長の笑いを何とか受け流し、昨日会ったばかりの旅人に思いを馳せる。今頃、リタ達は本来受けなくても良いはずの授業に出ている頃である。
鐘が鳴れば、自分もこの雑務の時間から解放されるのだが。


(早く授業……終わらないかな……)


成績は常に上位の優等生であるレッセがそんなことを思うのは、これが初めてであったという。









(生徒会長の苦悩)
15(終)



―――――
学院長の口調が迷子になった……。あなたのお家はどこですか。


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