天恵物語
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第九章 14

寮の一室にて、ちょっとした一騒動があったものの、その後は夜までつつがなく旅の疲れを癒すことが出来た一行。用意された部屋で、三人は顔を合わせていた。というのも、エルシオン学院に着いてからというものの、怒濤の勢いで事件に否応なしに巻き込まれた形でここまで来たのである。情報把握のためにも三人で話し合うことの必要性を感じた。
静かな部屋には、窓にカタカタと鳴る音が響いていた。外からは唸るような風の音。加えて、窓に雪が吹き付ける掠れた音が控えめに聞こえてくる。どうやら外は吹雪らしい。
十分温まった部屋の中、リタは二人が授業を受けている間に見聞きしたことを告げる。女神の果実のことや、モザイオの背後の幽霊のことも。


「……つまり、事件を解決させるのと同時に女神の果実を探す必要がありますのね」


レッセの情報が正しければ、この学院に女神の果実があるわけで。


「事件が起きてる時点で、絶対にありそうな気がするんだがな……」


女神の果実のことだから、事件に関わってる可能性が高いというわけである。願いを叶える、といえば聞こえは良いが、どういうわけか、果実が叶えた願いはいずれも歪な形に変容してしまったのだった。今のところ、願いをまっとうに叶えてくれた試しがない。
そういうこともあって、果実は各地で様々な事件を引き起こす原因となることもしばしば。それらを解決し、果実の回収をしてきた身としては、最早果実ありきで事件が起こっているのでは……という気さえしてしまう。


「とにかく、明日は生徒から話を聞くしかありませんわね」


事件のことも、女神の果実のことも。……どちらとも一筋縄にはいかなそうだが。


「じゃあ、今日はもう早めに休もっか? 明日からまた授業があるし」


「授業、か……」


「授業ですのね……」


“授業”という単語を聞いた途端、どこか遠い目をするアルティナとカレン。疲れているせいなのか、どことなく憂鬱な雰囲気を醸し出す二人にリタはたじろいだ。


「ど、どうしたの二人とも……」


リタが躊躇いがちに尋ねると、アルティナは目を反らしながら呟いた。


「授業……サボっても良いか」


「良くないよ?! 探偵役が不良になってどうするの!」


早くも不良の第一歩を踏み出そうとしているアルティナを必死で押し留める。


「そうですわよ、何事も最初の一回で決めつけるものではありませんわ! 今日はたまたま運が悪く、相当好ましくない授業に当たっただけかもしれません、たとえ今日どんなに嫌だったとしても!」


「そうそう……って、えぇっ?! そんなに授業嫌だった?!」


カレンの意見に同意しかけたものの、よくよく考えると頷けない内容だったことに気付く。
授業に出席した二人ともが、授業にあまり良い印象を受けなかったらしい。一体何をやって来たのだろう。授業を一回も受けたこともないリタは想像すら出来ない。


「初っ端から実力見るとか言って教員がいきなり襲いかかってきたりしたら、授業なんか出たくもなくなるだろ……」


「それを言うなら私も、いきなり実習だとか言われて、サンマロウの洞窟でメタルブラザーズ狩りをさせられましたわ!!」


リタがレッセと学院探索をしている間、それはそれは濃ゆい時間を二人して過ごしていたらしい。しかも、カレンに至っては学院にすらいなかったという。
実技だったから、だろうか。二人の話を聞いてみれば、実にアグレッシブな授業内容である。


「な、なるほど……大変だったんだね……」


それに比べたら、自分はよっぽどほのぼのとした時間を過ごしていたのだなぁ、としみじみ感じたリタだった。少し申し訳なさを感じるが、それによる収穫がなかったわけでもないため、レッセとの学院散策は必要なことであったのだ……と思いたい。


「えっと……でもほら、明日は実技はないし、私も授業出られるし……明日から一緒に頑張ろう?」


授業だけではない。失踪事件に女神の果実にと、問題は山積みである。
励ますように告げれば、カレンにひしとしがみつかれた。


「リタのその笑顔があれば明日からも頑張れる気がしますわ……!」


「そ、そうなの……? なら、良かった……」


よく分からないが、やる気を出してくれるのは良いことだと思う。
ぴったりと寄り添う形となったリタとカレンに、アルティナは呆れたような視線を寄越した。その顔からは、「何やってんだ」と言われているようだった。……多分、間違ってはいないと思う。
別に後ろめたさなどはないが、何となく決まりが悪くなったリタはとりあえず笑顔で誤魔化す。
――とりあえず笑っとけば大抵のことは何とかなるもんよ、とは天使界の友人の言であった。


「まぁ、事件解決のためなら仕方ねぇが」


諦めたように呟いたアルティナは苦笑していた。
結局のところ、二人ともリタの笑顔には弱いわけで。……天使界の友人の言葉は、案外的を射ているようである。
こうして、学院生活一日目の夜が更けていったのだった。









(手がかりを求めて)
14(終)



―――――
事件真っ只中だけど、先生方は学院にいることにしておきます。


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