天恵物語
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第九章 13

宛がわれた部屋を覗いてみれば、そこにはモザイオとその取り巻き三人組。
再三確認するが、部屋を間違っているわけでもなく、荷物もちゃんと置いてある。部屋の隅に置いてあるそれが、どことなく申し訳なさそうに見えるのは気のせいだろうか。


「皆さんこんなところで何を……?」


「見て分かんだろ。暖を取ってる」


ここは自分の部屋です、と言わんばかりの我が物顔で言い切られると……何と言うか、もういっそ清々しい。


「外は寒いからなぁ」


「そうですか……」


もう、そうとしか言いようがない。
この状況をどうしたものかと考えていると、後ろにふと気配を感じた。


「リタ? ……誰だそいつら」


「あ……アル」


室内に気を取られていてアルティナが来たのに気付けなかった。アルティナは部屋の中の人物に目を止めると、途端に渋い顔をする。まぁ、知らない人が部屋の中にいたのだから仕方ないと思う。


「……さっき知り合った人達というか、」


「へー。お前、リタって言うんだな」


モザイオがリタの目の前に立つ。
そういえば、相手の名前は知っていたが、自分の名前を言っていなかったと今さら気が付いた。


「そうですが……」


「ふーん……ま、とりあえずよろしくな」


そう言って、リタに向かって手を伸ばす。頭か肩を軽く叩くくらいのつもりだったのだろうが、その手が届く前に、リタは後ろから強引に手を引かれた。後ろにはアルティナしかいないわけで、今手を引かれたのも当然アルティナの仕業である。


「気安く触んな。お前ら誰だっつってんだよ」


アルティナの険しい顔に、更に眉間にシワが寄る。それはモザイオも同じで、室内にはピリピリとした緊張感が漂った。


「はあ? ……おいリタ、そいつに学院の不良を束ねるモザイオ様だって言え」


「えーっと……」


「リタ、そんなの興味ねーよって言っとけ」


「テメーが聞いたんだろーが!! てゆーか、テメーそこ誰だよ、って言えっ!!」


「しがない転入生だって言っとけ」


「全然しがなくねーよ! むしろムカつくわって言ってやれ!!」


「あの、それは……わざわざ私を挟んで言う必要ある……?」


間接的にリタを介さなくても、普通に会話として成立しているのだが。頭の上で繰り広げられる口論を自分にどうしろと言うのだろう。というか、このままでは口論を通り越して喧嘩になりかねない。
一触即発の雰囲気に包まれる中、異変を感じたカレンとレッセもやってきた。


「一体どうかしまして?」


「君は……モザイオ? どうしてこんなところにいるんだ」


怪訝な顔を向けるレッセを見るなり、モザイオは「げ、また生徒会長かよ」と苦々しく呟いた。


「良いだろ別に。空き部屋くらい勝手に使っても……」


「良くないし、そもそもこの部屋は今日からリタさんが使うことになっているんだけど?」


だからさっさと出ていけと言わんばかりのレッセの視線を歯牙にもかけず、モザイオは片方の眉をつり上げた。


「ここ、お前の部屋なのか?」


「それは……はい、多分」


「多分というか、確実にね」


モザイオが自然体で部屋を使っているせいで、何だか自信がなくなっていたけれど、ここは間違いなく自分の部屋、のはず。レッセがそうだと言っているのだから、きっと間違いない。


「何だ、そうかそうか。占領しちまって悪かったな」


「はぁ……」


何かつっかかってくるのではと思わず身構えていたリタだったが、モザイオは気にも止めず、軽い調子で謝った。取り巻き二人を引き連れて、こちらが拍子抜けしてしまうほどあっさりと退室していく。 ……去り際、モザイオの背後を幽霊がちらりと姿を見せながら。


「……ねぇ、アル……」


「分かってる、俺も見た」


アルティナもあの幽霊を見たらしい。先程モザイオ
に憑いていた幽霊と同じ人だった。厳めしい面をした、学院の教師と同じような出立ちをした男の幽霊。あれは一体、誰だろうか。


「見たって、何をです?」


「こっちの話だ」


アルティナはレッセの追及をあからさまにはね除ける。適当にはぐらかされたレッセがムッとするも、アルティナな特に気にせずお構い無しである。


「その話はまた後だ」


「う、うん」


ぼそりと、リタに対してアルティナが付け足す。レッセの目の前で、いきなり幽霊云々の話をするわけにはいかなかった。


(レッセさんには悪いんだけど……)


目に見えない物を信じることは難しい。幽霊だの何だのと騒ぎ立てれば、レッセを混乱させてしまうか、疑惑の目を向けられることになる。
黙り込むリタに、アルティナはリタの頭をくしゃりと撫でた。レッセに対する後ろめたさが顔に出てしまっただろうか。


(……カレンにも、あの男の人の幽霊見えたのかな)


カレンに目を向ければ、かすかに頷いていた。モザイオの背後のあの霊に気が付いていたようだ。
あの幽霊は、どうしてモザイオの背後をピッタリと離れずに追うのだろうか。謎である。
誘拐事件に、女神の果実、そして教師風の幽霊。問題は山積みだが、まずはそれぞれの解決の糸口となるものを探し出すことから始めなくてはならない。情報を集める必要があるわけだが、学院長の口利きのおかげで、エルシオン生徒としていろいろな人から聞き出すことが出来るだろう。
あとは、レッセにどう説明したものか……。
女神の果実を探して旅をしていることまでは、ついポロッと喋ってしまったが、人間にとって不可思議な現象をどう説明すれば良いのだろう。
今まで、リタ達は人間の目には見えない様々なものに助けられてきた。幽霊など、その最たるものだが、今日初めて会ったばかりの人の話を信じてくれるだろうか。


(レッセさんだけじゃなくて、モザイオさんも……)


あなたの後ろに幽霊がいますよ、なんて突然言ったところで、「有り得ない」と一蹴されて終わるのでは。自分に見えないものを信じるのは難しい。よほど信頼出来る人の言葉でないと、聞き入れないだろう。それか、証拠を出すとか。


(幽霊はほとんどの人に見えてないし、証拠なんて……)


そんなものがあったら苦労しない。
現状に深くため息をつきそうになったリタであった。









(学生寮にて)
13(終)



―――――
モザイオが掴めないという。


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