第九章 12
本日の授業は終了、ということで、ひとまず学生寮へ戻ることにした。これからどうするか、予定を決めなければならない。授業中にあったことをアルティナとカレンにも話をしたいし、荷物の整理もしておきたいところだ。
寮には、学院長が部屋を用意してくれたとのことで、それはありがたい……のだが。
「……何かと準備が良すぎやしないか?」
「た、確かに……」
この学院に来て強引に探偵を任された時からずっと、アルティナは学院長に対して懐疑的であった。
探偵を引き受けてはみたものの、その後の対処がやたらスムーズというか。授業やら寮の部屋やら、そんなに急に手配出来るものだろうか。まるで、最初からリタ達が来ることを知っていた上でのおもてなしのようにも感じる。
「その……学院長はいつもはあんな感じではありますけど、一応仕事は出来る人っていうか、やれば出来る人というか……そもそも何考えてるか分からないっていうか……」
「フォローしてんのか批判してんのか、どっちだよ」
傷口に塩を塗りかねないレッセの曖昧な擁護をアルティナがバッサリ切り捨てる。
「……まぁでも、そこは私のお父様も一枚噛んでるかもしれませんし……」
「カレンさんの?」
「そういえば、レッセさんには言ってませんでしたわね。うちの父親はエルシオンを卒業しておりますの」
ついでに言うと、カレンの兄・リヒトもエルシオン学院を卒業していたりするのだが。
この地にやってきた時から学院の背後に見え隠れするカレン父。リタ達に探偵を任せた学院長と共に、裏で何か企んでいるのではないかと、専ら疑惑を向けられている人物だが果たして。
「そうだったんですか……」
「ええ。……全く、我が父ながら何を考えているかサッパリ分かりませんわ。まぁ、そんなこと今に始まったことではないのですけれど……」
カレンは不満そうにぶつぶつと文句を言っている。そもそも、何考えているか分からなかったから、出家という名の家出をすることになったのだった。ようやく実家に帰って、多少なりとも父の気持ちは分かったものの、それでも未だ父親の行動には予測出来ないところが多い。
「それと……レッセさんも寮暮らしですのよね?」
「あ、はい。ここの生徒はほとんどが寮生活ですから」
「ええ、そうらしいですわね」
身内がエルシオン学院に入学していたからか、カレンは他の二人の仲間より学院の制度について詳しかった。
「一応、寮の規則などあるか聞いておこうかと思ったのですけれど……門限とかは……」
「門限は特にないですよ、消灯の時間は決まってますが。まぁ消灯とは言っても、静かに部屋に籠っていれば良いだけの話なんですけどね」
「出歩くのは?」
「そんなのもちろん禁止に決まってます」
にべもなく返された答えに、「面倒くさ……」とアルティナはぼやく。それを聞いたレッセが呆れたように息をついた。
「集団で暮らすんですから、このくらい当たり前です」
「仕方ありませんわレッセさん。この方、今まで縛られない自由な生き方をしてましたから」
「お前が言うのかそれを」
何不自由なく……とまでは言えないが、アルティナもカレンも、どちらともなかなか自由な生き方をしてきたと思われる。
「リタさんは大丈夫ですか?」
レッセはリタを気にするようにチラリと視線を送る。
アルティナとカレンのいつもの言い争いが始まるかと思われたが、レッセがリタへ話しかけたことで、二人の不毛なケンカは一旦棚上げとなった。
尋ねられた本人は、目を瞬かせたが、すぐに笑顔で返した。
「……え? はい、全然大丈夫ですよ。故郷もそんな感じでした」
何食わぬ顔でさらっと答えたリタに、レッセではなくアルティナとカレンが反応した。
「まさか、そんなところにも門限があったりするのか?」
「え、うーん……一応? 見習いだと夜遅くまで出歩いちゃダメだし」
「意外と現実的ですのねぇ……」
「リタさんの故郷って、そんなに浮き世離れしたところなんですか? 一体どこなんです?」
……まぁ、ある意味、浮き世から離れていると言えるかもしれないけれど。
「あ、その……とっても遠いところ、というか」
「遠い……? ダーマ地方とかですか?」
「いえ、えっと……も、もっと遠いと言いますか……」
遠いというか、そもそも天使界は地上に存在しないわけで。しどもろどろになりかけるリタに、アルティナが助け船を出す。
「地図に載ってねぇくらい遠いんだよ。俺らだって場所は知らん」
……嘘は言っていない。天使界は空の上にあるので、地図に載っているわけがない。そして、人間であるアルティナとカレンは天使界を見たこともない。
ここでレッセにリタが天使であることを暴露するわけにはいかなかった。
「そう、なんですか……」
釈然としないものの、とりあえず納得したらしい。レッセはそれ以降何か聞いてくることはなかった。
「ええと、皆さんの部屋は二階、ですね。荷物は部屋に入れておいてありますから」
「え、そうなんですか? ありがとうございます」
「あ、いえ、僕は聞いただけですから……お礼なら寮長に言ってください」
どうやら、寮長と呼ばれる人が荷物を運び入れてくれたようである。
旅をする以上、荷物がないなどということはない。必要最低限のものだけを持ち歩くようにはしているが。自分達が持ち歩いているものも……とてつもなく重い、ということはないが、軽くもないだろう。
寮の廊下を進んでいたレッセの歩みが止まった。それにつられて他の三人も立ち止まる。レッセは扉の前で位置を確認して振り返った。
「ここから先の三つが皆さんの部屋です。手前からカレンさん、アルティナさん、リタさんとのことですから」
扉を開けると、中は暖かい。どうやら寮全体の温度が保たれているようだ。宛がわれた部屋はベッドと机が一つずつのこぢんまりとしたものだが、寛げる空間ではある。
「少々狭いかもしれませんが……」
「あら、そんなことありませんわよ」
リタ達三人とも、探偵として事件を解決するために学院に来たのだ。ずっとここにいるわけではないし、泊まるのに宿を取る手間が省けたのも考えると十分ありがたい。
「他の部屋も同じ造りですから、一応荷物を確認しておいてくださいね」
そう言われて、リタも自分の部屋を開けようとしたところで……室内から何か声が聞こえてきたようだった。
(……ん?)
もう一度確認してみるが、やはり自分の部屋で間違いない。というか、この部屋は突き当たりに位置しているので、間違えるなんてことはないはずだ。
不思議に重いながら、目の前のドアを開けてみる。恐る恐る覗き込んだ先にいたのは……。
「……あれ?」
「あ、お前……」
金髪の派手な学生がこちらを指差し声を上げる。先ほどの不良三人組がナゼか部屋の中でたむろしていた。
「さっきの転入生じゃねーか!」
やはり、あちらも覚えていたらしい。先ほど会ったばかりなので、それは当たり前かもしれない。
……それにしても、この三人が当然のように部屋で寛いでいるため、本当にこの部屋は自分のものなのか、少々不安になってきた。
「……えぇっと……お、お邪魔します……?」
「おぉ、よく知らねーが良く来たな! 菓子食うか?」
「は、はあ……」
自分の部屋のはずなのだが……何で逆にもてなされているのだろう……。
途方に暮れかけるリタであった。
(やっぱり部屋間違えた……?)12(終)
―――――
モザイオ再び。
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