第九章 08
(授業はまだ終わらない、かぁ……)
時計を見ながらふう、と息をつくとわずかに息が白くなった。教室や部屋はともかく、廊下は外に負けず劣らず寒い。
今は授業に出ている二人の仲間とレッセに会わせたいのだが、授業時間が終わるまでそれは出来ない。
「授業って……思ったより長い気がします」
自分もちゃんと受けられるだろうか。学校で生活するなんて初めての経験だから、勝手が分からず困惑することばかりだ。もしかすると、探偵として事件の捜査をするよりも前に、学院生活に慣れた方が良いかもしれない。
「リタさんは、学校に通ったことがないんですか?」
「私の故郷には学校というものがなかったもので……勉強はお師匠に教えてもらいました」
天使の役目を果たすための勉強や訓練はしてきたのだけれど。だからだろうか、そもそも天使界に“学校”という概念はないのは。それぞれの師匠に従い、学んで成長していく天使には、学校などわざわざ必要なものでもない。
「レッセさんはいつからエルシオン学院に?」
「12歳の時です」
「12……確か、レッセさんは今14歳だって言ってましたよね」
「はい、学院には2年間いたことになります」
2年間。学校には通ったことのないリタだが、それでも意外と少ないなと思った。学校とはそういうものなのだろうか。
天使は学校へは行かない。修業のための見習い期間は人それぞれだが、2年で終わった人はいないはず。少なくともその数倍くらいはかかるはず。
しかも、たくさん修業を積んだところで、その中から守護天使となれるのはごく僅か。リタは師匠から引き継ぐ形で守護天使になれたが……どうやら楽をして守護天使になったと見られたらしく、一部の天使から冷ややかな目で見られるという事態になってしまった。
(実力だと信じたいけど……そう思われるのも仕方ないのかな)
天使界に戻ると、たまに陰口……というか最早陰で言う気すらないだろう嫌味も言われたりするが、それに反論するのはとっくのとうに諦めている。心配させたくないので、他の人に相談もしない。自分が気にしておかなければ良い話だ。
何気なく窓の外に目を向けた時だった……外に、何かが佇んでいる。
「あれ……あそこにあるのは?」
今はちょうど雪が降っておらず、真っ白だった外の風景が今ははっきりと見える。リタが見つけたのは石で作られた何か……石碑、だろうか。かなり立派に出来ている。
「あれはお墓ですよ」
「お墓?」
「はい。この学院を作った初代学院長、エルシオン卿のお墓です。エルシオン卿は、子供達に強く育って欲しいと願い、あえてこの極寒の地に学院を設立したそうですよ」
「そうだったんですか」
なぜこの一年中寒い場所に学校があるのか、という謎が解けた。初代の学院長エルシオンの意向だったのだという。
「まぁ、土地代が安かったからだなんて言う人もいますけどね。エルシオン卿は教育に熱心な教師だったと聞きます。確かにエルマニオンの地域は土地代が安いですけど、そうだとしてもそれだけが理由ではないと思うんです。つまり、様々な観点から複合的な理由を以て結論を出したのであって、土地が安かったという理由も少なからずあるでしょうが、ちゃんと子供達のことを思ってこの地に学院を建てることにしたのではないかと……」
レッセが、今までで一番よく喋っている。しかもすらすらと言葉も流暢で、気のせいか目まで輝いて見える。
「……はっ、すみません! つい……この話になると止まらなくて……」
「あ、いいえ、勉強になります」
幼い子供が夢を語るようにいきいきとしていて、見聞きする側としてはとても微笑ましかったというか。
(これで、ちょっとは打ち解けられたかな)
初対面でガチガチに固まっていた時よりは幾分か肩の力が抜けている。最初よりは大分警戒を解いてくれたのではなかろうか。
「でも、どうしてあんなところにお墓を作ったんでしょうか……」
周りには何もない殺風景な場所に一つだけぽつんと墓があるのはなぜだろう。答えはレッセがすぐに教えてくれた。
「あの墓の地下に旧校舎があるんです。ちょうど墓石の部分が入り口になってて……少し見に行ってみますか?」
「いいんですか?」
「はい、ちょうど雪も降ってないことですしね」
それに、時間も余っている。授業が終わるにはまだ早すぎる。他の二人が頑張っているところ悪いが、お言葉に甘えることにしたリタであった。
……そこには、思いがけない出来事が待っていたのだけれど。
(初代校長のお墓)08(終)
―――――
学院設立の理由は実際のところ分からないんですがねー。
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