天恵物語
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第九章 07

「レッセさん、少しお聞きしたいんですけど、この部分は……」


廊下をレッセと並んで歩く途中、リタは学院長から貰った書類を眺めつつ質問を繰り返していた。そこには事件の詳細や学校の見取り図、また生徒の一日のタイムテーブルのようなものなど、いろいろ載っている。これを参考にエルシオン学院を過ごし、そして事件を解決して欲しいということだろう。短時間でよくここまで用意出来るものだ。いや、事件に関してはもともと探偵のために用意されていたものなのかもしれない。
……リタ達は本来探偵ではなかったはずで、依頼された本当の探偵が来れば学院長の誤解も解けるのだが、本物はいつエルシオン学院にやってくるのだろうか。


「…………」


「……、リタさん?」


「……あ、ごめんなさい。少しぼーっとしちゃって」


つい、考え込んでしまった。質問しているのはこちらなのに、話を聞いてなかったなんて申し訳ない。だが、これからのことを考えていると、どうしてもそちらに没頭してしまい、他のことがおろそかになってしまう。


「大丈夫ですか? その、学院に来たばかりだし……少し、疲れているんじゃ……」


気遣ってくれるレッセは未だ張りつめている感じがあるけれど、いくらか話していると慣れてきたのか、会話はスムーズに進むようになった。


「いえっ、これくらい平気です! あの二人も授業出てるんだし、私だって頑張らないと」


「あの二人?」


「あ、そういえばレッセさんにはまだ言ってなかったんだっけ……」


レッセが首を傾げるを見て、まだアルティナとカレンのことを教えていないことに思い至った。後で紹介しなければ。レッセには主に学生生活の面でいろいろとサポートしてもらうことになるので、授業が終わったら早速引き合わせた方が良いだろう。……レッセがかなり人見知りするということはすでに身をもって知っている。あの二人にも早く慣れてもらわなければ。


「私には、二人の仲間がいるんです」


「仲間、ですか」


「はい。二人とは一緒に旅をしてて」


「旅を?」


「はい! 私、黄金の果実を探す旅をしてて……、…………あ、」


しまった、と思った時にはもう遅い。今は探偵で通していたというのに、思いっきり旅人宣言してしまっていた。


「リタさん、探偵じゃないんですか?!」


たらりと冷や汗が背中を流れたような気がした。そうだ、学院長は何を言っても信じてくれなくてそのまま探偵を引き受けてしまったが、レッセには自分から探偵を名乗ったのだった。


「いえあのその、ごめんなさいウソつくつもりではなかったのですが違うんです頑張ったんですけど学院長さんは信じてくれなくって成り行きで……!!」


「お、落ち着いてくださいリタさん……」


盛大に慌てふためく相手を目の前にすると、人は逆に冷静になるものらしい。動揺しているせいか、リタの言っていることは文章として破綻しているが、整理すればだいたい何があったか把握できる。というか、“学院長”という言葉を聞いた時点で大方を察しがついた。どうやらこの目の前の少女も自分と同様、学院長の策謀に巻き込まれてしまった人らしい、と。


「つまり、あの学院長がまた何かやらかしたというワケですね」


全く、うちの学院長は一体何を考えているのか。過去にもいろいろとあったの思いだし、レッセは一人溜め息をつく。怒ったところでこちらが気力を使い果たすだけだ……とそれは先程の学院長室で再確認したばかり。ここまでくると怒る気力すら湧かず、「またか」と呆れるばかりである。


「“また”……ですか」


「“また”なんです……」


出来心というか遊び心があるというか……学院長は立派な業績を修めた先生のはずだが、こういう一面も持ち合わせているところがたまにキズな人だった。そこがなければ初代に次ぐやり手の学院長と言われただろうに、実力はあるが結構残念な先生なのだった。


「すみません、うちの学院長が……」


「いえ、そんな……レッセさんが謝ることではないですから」


そういえば、ついさっきもこんな風に謝られたな……とリタはしみじみ思い出す。学院長の呼び出しを知らせに来た人もそう言って謝っていた。


「学院長がリタさんのこと探偵と勘違いしているらしいとのことですが……それ多分ウソです」


「……ウソ?」


「その、つまり……確信犯だと思います」


「……えぇ?!」


学院長がリタを探偵だと勘違いしているのは、嘘。その事実に少しの間呆然としてしまった。
だからみんな、申し訳さそうに謝るだけだったのだ。学院長に何を言っても無駄だと分かっていたから。


「リタさんは旅人なのに……全く学院長ときたら」


旅人なのに探偵を押し付けるなんて、何の目論みがあってのことなのか。


「でも……えぇと、そういうことなら良かったです。学院長さんは最初から、私が探偵じゃないことを分かってたんですね」


勢いで探偵をすることになってしまったが、学院長がリタ達を探偵だと思ったままなのは、勘違いとはいえ騙しているようで心苦しかったから。


「きっと、事件を解決するための何かの意図があるんですよね。私、頑張って探偵を務めたいと思います!」


「リタさん……」


最初から誤解がなかったことが分かり、安堵すると共に、改めて事件の解決に取り組めると気を引き締めた。
しかし、そこでレッセがまたも申し訳なさそうに言う。


「すみません、あの人大抵の思い付きは直感によるもので……」


今回もその類いのものと思われる。


「ちょ、直感……」


そんなインスピレーション的なノリで自分は探偵になってしまったのか。どうしよう、本格的に心配になってきた……いろいろと。主にこの学院とか事件とか探偵とか。
一気に不安に突き落とされたリタだったが、引き受けた以上、やるしかない。これも人助けなのだ。困った人を助けるのが天使の役目、と幼い頃から胸に刻み付けてきた言葉を心の中で繰り返す。


(天使、か……)


今のリタは、女神の果実を集めることを使命としている。今まで人助けをする形で果実を手に入れてきたけれど、結果的には天使としての役割をちゃんと果たしてきたことになる。
……と、ここに来て、未だ学院で天使像を見ていないことに思い至る。


「あの、レッセさん。そういえば、この学院には守護天使の像とかあったりするんですか?」


「天使の像、ですか。まぁ……あるにはあるんですけど……ただ、」


あるには、ある。
レッセの物言いは何だか歯切れが悪い。視線をそらし、言いにくそうに呟いた。


「最近、幽霊が出るって噂なんですよね……」









(学院の怪奇)
07(終)



―――――
あ、なんか長くなりそうな予感が。


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