天恵物語
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第九章 06

学院長室にて学院長からレッセへの頼み事……というか、横暴が部屋の中で繰り広げられているなどとは知らず、そこに生徒がまた一人訪れた。
正確には、エルシオン生徒に扮した探偵と勘違いされているリタ、である。ついでに言えば元守護天使で成り行き上旅芸人をやっている。
……いつの間にやら肩書きがかなりややこしいことになっているのはどうしようもない。そんなややこしい状況を作り出した元凶は、この目の前の部屋にいるはずの学院長であったりするのだが。


(学院長さん、言い忘れてたことがあるらしいけど……)


レッセ同様、リタもまた学院長に呼び出されていたのだった。一人でいるのには理由がある。リタだけ授業を受ける必要がなくなったのだ。
というのも、初めて学校の授業なるものを受けようとしていた時だった。実技をするとのことで、カレンやアルティナとは早速離れ離れになってしまったのだが、バラバラになってしまったのは三人とも扱う武器が違うのだから仕方ない。ただ、扇担当の先生が不在だとかで、いきなりリタだけが暇になってしまったのだ。


(アル……ものすごく渋ってたけど大丈夫かな……)


途中で投げ出したりしなければ良いのだが。探偵がサボって、エルシオンの学生と同じように事件に巻き込まれ失踪だなんてことになれば、潜入捜査がおとり捜査になってしまう。これ以上、失踪の犠牲者は出したくない。それも気がかりだが、今これからのことも気がかりだったりする。
待ちぼうけ状態のリタに学院長からのお呼び出しがかかったのだ。そういうわけで、こうして一人で学院長室までやってきたのだった。


(今度は何言われるのかな……)


身構えながら控えめにノックをして扉を開ける。
学院長は、いた。大きなイスに腰かけていて、その目の前にあるデスクには、何か書類でも見ていたのか数枚の紙が乱雑に置いてある。それでも、全体的に整理整頓されているためか、散らかっている印象は受けなかった。
それよりも気になったのは、学院長と机を挟んで真っ正面に立っている生徒の存在。学院長と顔を合わせているため、こちらからは背中しか見ることが出来ない。男の制服を着ており、背格好から少年らしいことが分かる。真っ赤な髪は短めで整っていて、ちょうどリタと同じくらいの背丈だ。


「待ってましたぞリタさん。ちょうど良いタイミングに」


学院長がリタを歓迎するように席を立った。それと同時に少年の方も振り向き、そして目が合った。
小動物を彷彿とさせるようなくりっとした緑色の瞳。それがリタの姿を捉えると、驚いたように目を見張った。リタの方もぱちぱちと目を瞬かせる。この少年は誰だろう。生徒であることは間違いないが。
その疑問に答えたのは学院長だった。


「リタさん、この子はレッセといって、この学院の生徒会長をやっております。実は、レッセも事件に協力させてほしいのですよ。慣れない学院での生活は何かと不都合が生じるでしょうから、その時はこの子に聞いてくだればと思いまして」


「え、でも……」


一般の生徒にそんなことさせて良いのだろうか、と思ったが、学院長はこの少年――レッセのことを生徒会長だと紹介していた。生徒を代表して、ということだろう。学院生活に慣れるのは大変だろうから、何か困ったことがあればこの少年に相談してほしい、と。


「……分かりました」


学院長の言い分に納得し、とりあえず承諾しておく。確かに、生徒として生活するなら探偵の事情をちゃんと知っている生徒に聞くのが一番だろうから。
今さっき学院長から紹介された、生徒会長だというレッセと向き合う。リタがにこりと微笑むと、レッセは更に目を見開いた。


「探偵の、リタです。よろしくお願いします」


自分で探偵を名乗るのはとても気が引けるが、一応そういうことになっているので仕方ない。
一方、レッセはまるで硬直したように動かなかった。何も言わないレッセを不思議そうに見ていると、はっと我に返ったようだったが、次第に顔が紅潮し「す、すみません」と小さな声で謝った。


「この子は少し人見知りをするもので……すみませんなリタさん」


学院長が困ったように苦笑しながら言う。
なるほど、と合点のいったリタは改めてレッセを見やる。人見知りのせいか視線は泳いでいるし、先程から顔が真っ赤なのは緊張しているせいだろうか。


「えと……私、まだこの学院に慣れてないから……分からないことがあったら、その時はよろしくお願いしますね」


不安を与えないよう、笑顔で手を差し出す。すると、レッセもギクシャクと手を伸ばし、おそるおそるといった風に握手を交わした。……何だか、本当に小動物みたいだ。


「……レッセ、です。よろしくお願いします……」


うつむきがちではあったが、レッセなりにはかなり頑張った方である。
ただ、いつもは人見知りと言ってもあからさまに取り乱すなんてことあまりないのに。それが不思議でレッセ自身すらも内心首を傾げていた。
そこにある本当の意味を、リタはもちろん、本人すらもまだ気付かない。









(その延長にあるモノは)
06(終)



―――――
学院長だけがしっかり把握してそうですがね(。-∀-)


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