天恵物語
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第九章 05

少年が一人、エルシオン学院の廊下を黙々と歩いていた。この地方の天候とは真逆の燃えるような赤い髪に、若葉を思わせる緑の瞳、そして顔立ちにはまだあどけなさが残る。学院の生徒と同じく制服を着用していることから、生徒であることが窺える。
彼の名前はレッセ。学院内でも年少の彼であったが、実は卒業を間近に控えていた。このまま何事もなく順調に進めば、エルシオン学院を最年少で卒業することになり、記録を塗り替えることとなる。とは言っても、せいぜい数ヵ月くらいしか差はつかないのだが。
廊下を進み、立ち止まったのは学院長室。レッセは、学院長に呼び出されたため、この部屋を訪れたのだった。


(……一体、何の用だろう)


学院長に呼ばれるのは、大抵ろくでもないことが起きる時だ。今回も若干どころかかなり不安を抱えながら、ここまでやってきた。ノックをして、室内へ入ると、学院長は何やら机に向かって何か書いていようだった。手紙、だろうか。


「学院長、用とは何ですか」


「おお、よく来たレッセ」


顔を上げた学院長はレッセを見てにこやかな笑顔になった。何だか嫌な予感がする。学院長がこの手の笑みを浮かべる場合、大抵無茶な要求をされることが多い。


「実は、君の卒業のことで少々話があるのだが……」


「……卒業、ですか」


意外とまともそうな要件に思えて拍子抜けした。レッセはもうすぐ卒業という段階に来ており、今度の試験を通れば晴れて卒業。試験のことで何かあるのだろうか。または、卒業後の進路について、とか。


「どうした、何か言いたそうな顔をしているが」


「いえ、また先日のようなことを仰るんじゃないかと思ってたので……」


レッセが学院長室に呼ばれる時に限って、大抵ロクなことが起きない。目を逸らしながら答えると、学院長は面白そうに笑みを深める。


「そうか。ならば本題に入る前に、ここは一つ夢のある提案を……」


「なさらなくて結構ですから!!」


被せるようにぴしゃりと遮ったレッセに、学院長は不満そうに拗ねた顔をした。子供か。


「全く、つまらんなぁ君は。まだ若いんだから、もう少し夢を持ってみてはどうだろう」


「学院長の言う“夢”は、夢とは言いません。無茶振りと言います」


断言し、それよりも肝心の卒業の話を促す。学院長の話は逸れれば逸れるほど、話がとんでもない方向に進んでいく。学院長の“夢のある提案”なるものもその一つである。ある時は、学院をグビアナに移転しようとか言い出した。このように、学院長は突拍子もないことを言い出すことがある。自分で“夢”などと言っているので、実現可能とはさすがに思っていないだろうが。多分冗談に近いものだとレッセは思っている。……というか、そう願いたい。


「時にレッセ、先週期末テストがあったそうじゃないか」


「……そうですけど、それが何か」


「何か、ではない! 何だこのかわいげのない点数は!!」


学院長が示したのは、数枚の解答用紙だった。しかも、全ての教科で満点を取っており、バツが一つもないところが感動を通り越して、むしろ嫌味のようでもある。


「普通、そこは褒めるところじゃないですか」


なぜ満点を取って怒られなければならないのか。返却された自分のテストを憮然と見つめる。……よし、今回の出来も上々だ。心の中でガッツポーズをしておく。
学院長はというと、点数も顔もかわいげのない教え子に、深く長くため息をついた。


「レッセ、世の中は勉強が全てではない。他に大切なこともあるだろう」


「それは分かってますけど……」


ただ、勉強は好きでやっているわけだし、それに勉強が全てではないと言うが、勉強しておけば大抵の物事は何とかなるのではないかと思うし、出来るに越したことはない。


「そうか、ならば話は早い!!」


「はい?」


「今、学院で誘拐事件が起きているのはもちろん知っているな?」


「はい、まぁ一応知ってはいますけど……」


この学院の中で知らない人はいないのではないかと思う。不良生徒を狙った誘拐事件。いまだ有力な情報も痕跡もなく、確か探偵を雇ったのだとか聞いた覚えが……。


「ということでレッセ、君に誘拐犯を捕まえてくることを命じる!」


「はぁ、……はぁ?!」


うっかり流しそうになったが、さすがに流せなかった。今、とんでもないことを言われた気がする。いや、言われた!
アホかと言いたくなったが相手は学院長。何とかこらえて、レッセは必死に抗議した。


「ちょっと待ってください! なぜ僕が?! 勉強が出来るのと推理が出来るのは全然違うでしょう!」


「そう怒るな。何も一人でやれとは言っていない。探偵と協力して事件を解決すればいい」


「いや、それこそ僕に何の役目が?!」


「とにかく犯人を捕まえること。それがお前の卒業試験だ。しっかり取り組むように!」


「なんで誘拐事件に僕の卒業がかかってるんですか!!」


というか、そんな試験聞いたことがない。前代未聞も良いところだ。
そう言うと、学院長は当然のように言い切った。


「普通に試験したところで、君には意味がないことは分かりきっておる!」


だからって普通、生徒に誘拐事件を解決させるだろうか。


「んな……」


いろいろと唐突すぎるのと横暴すぎるので絶句するレッセであった。無茶な提案を聞いていた方がまだマシだった。こんなことになるなんて、思いもしない。
予想を悪い方向に裏切ってくれた学院長はいつもの笑顔で話を締めくくった。


「もうすぐ探偵の方がここに来るはずだから、それまで待ってなさい」


……何だか、卒業が遠ざかった気がした。









(優等生の災難)
05(終)



―――――
今回はレッセサイドから。


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