天恵物語
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第九章 03-2

聞き間違いかと思った。……正確には、聞き間違いであって欲しいと思った。


(たんていって……あの探偵、だよね)


もちろん、学院長の言っている”たんてい“とは真実を探し求めるその”探偵“である。他に何があるだろう。


(分かってる……分かってるから違うって言ったのに……!!)


否定しても、学院長は取り合ってくれなかった。……というか豪快に笑われ、冗談として流された。その後も懸命に主張するも、残念ながら聞いてはくれなかった。終いには、「きっとこれ以上否定しても信じてくれないんだろうなぁ……」と諦観の域にまで達し、「ここまで来たらなるようになるだろう」と半ばヤケになって学院長室の部屋にて温かいお茶を頂いている。……というのがリタの今の状況であった。アルティナとカレンは応接室という場所に待機している。
よく分からないが、学院長の中ではリタが探偵で、アルティナとカレンが助手的な立場、ということになっているらしい。一番初めに学院長に対応したのがリタだったからかもしれない。
そして、探偵を否定することを諦めたもう一つの理由が、最近エルシオン学院で起こっている事件にあった。


「……実はですね。探偵の方に依頼をしてから、また一人うちの生徒が姿をくらまし……これ以上問題が起きれば、学院の信用は失われるばかりで、ほとほと手を焼いておりますよ……」


事件の内容についてはすでに話してあったようで、学院長は探偵――つまりリタも事件のことについては事前に知っていることを前提として語りだした。当然、リタには学院で何が起きているかなんて分からなかったワケだが、学院長の補足的な説明だけでも何が起こったかは大体把握できた。


「えぇっと……エルシオン学院では生徒が失踪する事件が起きていて、痕跡とか証拠とかは全くなくて……狙われた生徒はどっちも学院の問題児だった、と……そういうことでいいんですよね?」


「ええ、おっしゃる通りです」


学院長からの話によると、そういう事情のようだった。イズミが言っていたのはこの事件のことだったのだろう。
証拠が何もないという、厄介な事件性――確かに、女神の果実が関係している可能性はありそうだ。
リタがひとまず状況を把握したところで、学院長は満足げに頷いた。


「ですが、まぁ……こうして探偵の方が来てくださったからには、事件など最早解決したようなものですな! あなたのチカラなら、行方不明の生徒を見つけることなど容易いでしょう? うんうん、期待していますぞ」


「あ、あはは……えと、頑張ります」


任せろと胸を張るわけにもいかず、かと言って全力で否定するわけにもいかず……誤魔化し笑顔で曖昧に笑っておくしかなかった。あとはもう「為せばなる!」の精神で頑張るしかない。


「ええと……。すみませんが、お名前は何と申されましたかな?私としたことがド忘れを……」


「名前、は……」


言われてハタと気付いた。学院長にはまだ自分の名前を言っていない。これで勘違いに気付いてくれるかもしれない。何も、探偵ではないと事件に協力できない、というわけではない。
そんな期待を胸にリタは自分の名前を口にしたのだが。


「あ、あの……私リタと言うんですが……」


「おお、リタさん! そうでした、そうでしたな! いやはや失礼いたしました!」


「…………いえ、お気になさらず」


嘘だ……と口について出そうだった言葉を咄嗟に飲み込む。自己紹介の後、被せるように学院長の言葉が重なったため、本当の事情を話すタイミングも逃してしまった。
これはいよいよ諦めて、探偵として対応するしかなさそうだ。


「ではリタさん、これを受けとってくだされ。少ないですが、手付金になります」


そう言われ、机の上に手付金らしきお金がドンと置かれた。少ない、と学院長は言ったが、そこに置かれているモノが大金だということは世間に疎いリタでも分かる。雪原の中の学院と同じくらい、そのお金は机の上で存在感を主張していた。
……少し目眩がしたのは多分気のせいではない、はず。










(学院長の勘違い)
03(終)




―――――
ひとまずエルシオン学院には着きました。


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