天恵物語
bookmark


第九章 01

雪がしんしんと降り積もる。目の前にはひたすら銀世界が広がり、つい先日まで砂漠にいたというのに、海を一つ隔てただけで季節はあっけなく逆転した。
常夏の砂漠から厳冬の雪原へ。リタ達はエルシオン学院を目指して今エルマニオン雪原を進んでいるところだった。


「雪、すごいね……」


雪は、船から陸へと上がってから今現在に至るまで、相も変わらずボサボサと降り続けていた。それも、牡丹雪のように大きな粒の雪が。


「そうですわね、このまま吹雪にならなければ良いのですけれど」


カレンか心配そうに空を見上げる。ただでさえ視界はあまり良くないのに、この上吹雪にでもなったら何も見えなくなる。
移動するのが大変なのは分かっている。だが、リタは今まで見たこともない真っ白な光景に心惹かれずにはいられなかった。ウォルロ村でちらほらと雪が降るのは見たことあるけれど、ここまで積もるなんてことは一度もなかった。身に染みる寒さなど、全く気にならない。


「リタ、雪に夢中になるのは構わないが、はぐれたりするなよ」


「う……はい」


この雪の中ではぐれたりなんかすれば、間違いなく遭難することになる。雪は好きだが、その雪の中で迷子になるのは勘弁したい。


「つい最近まで砂漠にいたとは思えないよね、今まであんなに暑かったのに……」


「ええ、カイリお兄様がグビアナに来てくれなかったらどうなっていたことか……」


カイリに聞いて覚悟はしていたが、それでも想像以上の気温変化であった。グビアナでの装備のままで来ていたら、とんでもないことになっていたはずだ。今はグビアナにいるはずのカイリに心の中で感謝しておく。


「ところで、お兄様のグビアナの用事って何だったのかしら……」


「あれ、そういえば……」


聞き忘れていた……というか聞きそびれたのだが、カイリはグビアナに何か用があって来たと言っていた。その用とは一体何だったのか。
カイリが隙あらばリタをナンパあるいは口説こうとするので、宿屋に一夜泊まった後さっさとグビアナを出発したために聞けなかった。リタは特に気にしていなかった……というか、ナンパされているという自覚があるのかさえ曖昧だったのだが、カレンとアルティナに引っ張られるようにグビアナから連れ出された。ということで、カイリが今何をしているかは分からない。


「カイリさん、グビアナに初めて来たみたいだったけど……」


道案内という名目でナンパされたことのあるリタが大丈夫だろうか、とカイリを案ずるが。


「いえ、そんなの嘘に決まってますわ」


「え、そうなの?」


カレンがキッパリと否定した。
別に、幼い頃に兄がグビアナに行くのを見たとか知ってたとか、そういうことではない。ただ、確信していた。というのも、グビアナにはとある建物があるわけで。


「グビアナのダンスホールなんてお兄様の好きそうなものが目と鼻の先にあるのに、行かないわけがありません」


サンマロウとグビアナは、距離があまり離れていない。リタ達はマキナから譲ってもらった船で海を渡ったわけだが、二つの大陸の間には定期船だってあるし、商人の船も行き来しているはすだ。
というわけで、グビアナに来たのは今回が初めてではないはず、というのがカレンの見解である。妙に暑さに慣れていたのも気になる。


「まさかそれが用事ってわけじゃないだろうな」


アルティナの発言の直後、一瞬の沈黙が降りる。


「……まさか、と言い切れないのがお兄様の残念なところですわね」


今回の目的がダンスホールでないことを祈る。
目的がダンスホールなのかは憶測でしかなく、本当かどうかも分からないことを気にしていたって仕方ない。そんなことは分かっているけれど。


「えぇっと、ユリシス様もお仕事頑張ってるみたいだし……グビアナに来れて良かったよね」


グビアナと言えば、ユリシスが国王として政治に向き合おうとしていることが早くも噂になっていた。
贅沢やわがままも止めて、ユリシスは国を建て直すのに懸命に取り組んでいる。贅沢の象徴のような沐浴場も、今は開放して国民が自由に使えるようになったのだとか。
……などとグビアナに思いを馳せているところであった。ふとアルティナがリタに問いかける。


「そういえばお前、女王に何を言われたんだ?」


「え?」


「私も気になりますわ。女王に耳元で何を言われましたの?」


「……あ、」


しまった、と思った時にはもう遅い。ユリシスの話題を振るなんて、自分から墓穴を掘りに行ったようなものである。


「それは、えっと……何と言うか……」


「まさか、また何か意地悪なこと言われたわけではありませんわよね?」


「違うよ! あ、やっぱり違くないかも?!」


「どっちだよ」


ごもっとも。だが、女王に言われたその内容は、とても言いづらいものだったわけで。


「その……だってアルが……」


「え、アルティナが?」


カレンが聞き返すと、はっとして口をつぐむ。うっかり口を滑らせた、といった風で、極寒の地にいるというのにリタの顔は真っ赤に染まった。


「……や、やっぱり何でもないっ!!」


慌ててそう言うと、赤くなった顔を隠すように早足に雪道を進む。
リタは女王ユリシスに何を言われたのか。結局聞き出せなかった二人は、リタの突然の反応に目を瞬きつつ、少し前を行く後ろ姿を眺めていた。その背中からは緊張が伝わってくる。……ここで追いかけて再度尋ねたとしても、芳しい答えが返ってくるとは思えなかった。


「……一体何を言われたんだアイツは」


静かな雪原にアルティナの言葉がぽつりと漂う。
何となくひっかかっていたことだったのが、自分の名前まで出てくれば、いよいよ気になってくる。何を言われたらあんな反応を示すのか。そもそもそんなことを言った女王の真意とは一体何だ。
もやもやとあれこれ考えるアルティナに対し、なんとなくではあるが察しのついたカレンは、「これはもしや、」と二人の様子を伺った。もしかすると、二人の想いが通じ合うのも時間の問題なのではいか、と。しかし、そうかと思えば元通り、なんてことがないとも限らないのがこの二人である。
というのも、リタもアルティナも恋愛には超がつくほど疎いわけで。しかも、リタがアルティナに示す好意は今のところ“恋”ではなく、ほとんど無自覚に近いと思う。アルティナに関して言えば、リタに向ける感情は言動や態度を見れば明らかなのだが、本人がどこまで自覚しているのかどうか。


(……変わるキッカケに、なるのでしょうか)


二人の仲が進むか、変わらないか。
それは、女王に何かを言われていたリタにかかっているように思えた。










(雪原にて、思う三人)
01(終)



―――――
エルシオン編スタート!


prev | menu | next
[ 224 ]


[ back ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -