第八章 23-2
「皆様、何から何まで本当にありがとうございました!」
三人が城を出ようとしたところに、城の門までやって来たジーラが頭を下げる。
「井戸から帰ってからというもの、女王様はどこか変わられたようで、とっても頼もしく見えますわ! アノンも……ふふ、あんな魔物だったのが嘘みたい」
小さなトカゲに戻ったアノンは、すっかり大人しくなっていた。井戸の地下水路で暴れた魔物だったとは思えない。
女王も、今回の一件で見違えるほどに変わった。国も、きっと良い方向に変わっていくことだろう。
「それでは皆様、道中お気をつけて。機会があればグビアナにもまたいらしてくださいね!」
「ええ、きっとまた来ますわ!」
「ジーラさんもお元気で」
手を振って、別れを告げる。きっと、この国はもう大丈夫だ。
今頃、女王は国の仕事に取りかかっていることだろうか。大臣が泣きながら感激していたことを思い出す。
「女王様が国のことに関心を示すとは……! うう……先代よ〜〜! ユリシス様は立派に女王として成長していますぞー!」(そういえば……)
その先代王ガレイウスだが、地下から戻ってくる際、どこを探してもその姿はなかった。……最初からそこにいなかったかのように。
カレンも同じことを考えていたらしく、ぽつりと呟く。
「先代様、いませんでしたわね」
「あ、やっぱりカレン達も会ったんだ」
「ええ、」とカレンが頷く。
リタに地下水路の道順を教えてくれたのはガレイウスであり、カレン達にリタやアノンの行方を教えてくれたのも彼だった。
帰り際、ガレイウスに会った部屋を通ったのだが、中には誰もいなかった。ガレイウスすらもどこかへ行ってしまったらしく、文字通りもぬけの殻である。本当は地下を探して回りたいところだが、ユリシスやジーラもいるため断念した。亡くなった父親、先代の王が幽霊になっているなんて聞けば、ユリシスとジーラは何と思うだろう。
「お礼を言いたかったのですけれど……」
「うん……」
ガレイウスは、救われた娘の姿を見届けたのだろうか。もしそうだとしたら、この世への未練がなくなり成仏したのかもしれない。そうだと良い、とリタは思う。
と城から宿屋へと歩いているところに、いきなり声をかけられた。
「そこの道行くお嬢さん! 憂いを帯びた表情がまた何とも素敵ですね……! よろしければ私とお茶でもどうですか」
突然、聞こえてきた陽気な声。いち早く反応したのはカレンだった。げ、と渋い表情を浮かべる。それは、カレンが小さい頃から飽きるほどに聞き慣れていた……いかにも軽そうな口説き文句。 そして今、それはリタに向けられている。
声のしてきた方に顔を向けると、やはりリタ達の良く知っている人物がいた。
「え……カイリさん?!」
「やぁやぁリタさん、また会えて嬉しいな」
リタが気付くと、カイリはひらひらと手を振って、それまでの演技がかった口調を止めた。しかし、カレンとアルティナの視線が突き刺さっているのを知ってか知らずか、更にリタに言い寄る。
「こうして会えたのも何かの縁、てことでここは一つ再会のハグを……」
「しなくてよろしい! 相変わらずのようで何よりですわカイリお兄様」
セリフを途中でぴしゃりと遮ったカレンは、腕を組んで呆れたように自分の兄を見据えた。しかしカイリは何食わぬ顔でカレンの視線と言葉を受け流す。
「おぉ、カレン。今日も元気にツンケンしてるな!」
「好きでしてるわけじゃありませんわよ。というか、こんなところで何をやっていますの」
よくぞ聞いてくれた、とばかりにカイリは大仰に頷いた。
「父さんにお前ら三人の様子見てきてくれないかって言われたんだ。まぁグビアナにも用あったし、ちょっくら見てくるかーと思ってだな」
「お父様が?」
「おう。父さんってば笑ってばっかで何考えんのか分からないけどさ、お前の心配はちゃんとしてるんだぞ」
「……それは……その、どうかしら」
ツンと澄ましつつも若干嬉しさが滲み出ている。カレンは多分、自身で言うほど父のことを嫌っていない、とカイリは思う。出家直後はどうだったか知らないが、少なくともサンマロウに帰ってきてからは和解もしたらしく、父と話すことを嫌がらなくなった。
もしかしたら、リタとアルティナと旅していたおかげなのかもしれない。まず、旅なんて出なければサンマロウに寄りつこうともしなかっただろうし。きっかけだけでも作ってくれたことをカイリは二人に感謝してたりする。……恥ずかしいから言わないけど。
「そういや、金ぴかの果実とやらは手に入ったのか?」
「ええ、つい先程ですけど」
地下水路で手に入れた女神の果実。商人から女王の手に渡り、スライスになった時はどうしようかと思ったが、アノンから返ってきた果実はちゃんと元通りになっていた。
「そうか、それなら丁度良かった」
「……何がですの?」
「実は父さんからの伝言があってな、グビアナの次はエルシオン学院に行ったらどうだってさ」
「エルシオン学院……って?」
リタが首を傾げると、カレンがエルシオン学院について説明した。
「エルマニオンという雪原の中にある学校ですわ。グビアナの北にあるって聞きましたけれど……どうしてまたエルシオンなんでしょう?」
「んー、どうやらあそこで生徒が失踪する事件が相次いで起きてるんだとさ」
「生徒が失踪……」
しかも、一人だけでなく何人もいなくなっているとのこと。犯人の目星は全くつかず、手がかりもないため、学院側はお手上げの状態らしい。ただ、失踪した生徒は授業をサボったりする不真面目な者ばかりで、実際これまでいなくなった生徒は全員不良である。
……と、カイリは父から聞いていた。
「どうしてそんなことを知って……って、そういえばお父様はエルシオン学院を卒業してたのでしたわ……」
どうりで詳しいわけだ。きっと、エルシオン学院の関係者に知り合いがいるのだろう。
「人助けも兼ねた旅なら、行ってみたらいいんじゃないか?」
「でも、学校は関係者以外立ち入り禁止では……」
「ああ、それは大丈夫。父さんが話通しとくって言ってたから」
すでに手は回っているらしい。準備が良いというか、気が早いというか……昔からイズミにはそういうところがある。
「……どうしましょうリタ。エルシオン学院に行ってみます?」
「うん、もしかしたら果実があるかもしれないし、行ってみようか。アルもそれで良い?」
「そうだな、暑いよりは寒い方がマシだ」
「あ……そういえば雪原だって言ってたね」
アルティナに言われてはっとした。灼熱の砂漠から一転、次は極寒の雪原へ。気温差が気になるところである。
「気温が氷点下とかザラにあるらしいから、体調には気をつけろよな!」
「……らしいですわよアルティナ。くれぐれも注意なさって」
「ちゃんと厚着していかないとねアル!」
「んなこと言われなくても分かってる」
アルティナはグビアナに着いて早々に倒れてしまったため、強く反論することが出来ない。二人共から言われてしまい、ブスッとした表情で返す。
「よし、エルシオンに行くってことで決まりだな。一応父さんにも伝えとくよ。あ、それと……」
他にも何かあるのだろうか。三人が次の言葉を待っていれると、カイリはおもむろにリタの手を取った。
「リタさん、よろしければグビアナの道案内という名目で俺とデートしませんか!」
「……て結局ナンパかよ」
「お兄様、いい加減にしてくださいませ!!」
何かと思えばいつもの女たらしぶりを発揮されただけだった。道案内を名目と言い切ったナンパはいっそ清々しいほどであるが……しかし、当然アルティナとカレンからにべもなく却下されたのだった。
(雪原の学校へ)23(終)
第八章完結
―――――
よし、次はエルシオンだ!
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