第八章 21-2
「てゆーかさ、コイツどーすんの?」
サンディが指し示すのは、地面に横たわった大きなトカゲ。アルティナの最後の一撃で完全に伸びているようである。
「……少しやりすぎたな」
「少しどころじゃない気がするんですケド」
「さすがにドラゴン斬りはまずかったか」
サンディの呆れの視線を受けながらも、アルティナは何食わぬ顔で返す。
「カレン、そっちが終わったんならこっちの治療も頼む」
「はいはい、分かってますわ」
仕方なさそうにカレンが返事をする。アノンの状態を見ると、回復呪文を唱え始めた。これでアノンも大丈夫だろう。
何気にカレンを呼んだアルティナであったが、ふとリタは気付いたことがある。
(そういえば、アルから初めてカレンの名前を聞いたような……)
アルティナがカレンを指す時は大体“アイツ”とか“あのお嬢様”とかで、一向に名前を呼ぼうとはしなかった。リタの時も、最初はそうだった。初めて会った時なんかはいきなり“チビ”呼ばわりであったし。
最初こそ犬猿の仲だった二人だが、徐々に仲良くなってきているということだろうか。
アノンのことは、三人に任せておいて大丈夫だろう。リタは女王の元へ駆け寄った。
「あ……アノンちゃんは……」
「大丈夫です、今は治療してるところなので……あの、女王様はどこも怪我してませんか?」
見たところどこも怪我はなく無事に見えるが、念のため尋ねる。女王が顔を横に振るのを見て、「良かった、」と、ほっと息をついた。
「……どうして」
「え?」
「どうして私を助けに来たのよ……。ワガママで自分勝手な女王なんか、消えたって誰も困りはしないわ」
自分がワガママだという自覚はあったのか。さきほどまでのワガママ女王ぶりはどこへやら、高慢な態度はすっかりナリを潜めている。
どうしてと言われても。リタは返答に困った。何かで困っている人がいれば助けなきゃと思うし、それが命に関わるならば尚更だ。
「ええっと……助けて、って女王様が言ってたから……でしょうか」
いたって単純なリタの回答に拍子抜けしたのか、女王が目を丸くした。
「……それだけ?」
「え? はい」
一人で地下水路へと駆け込んだ理由はそれが一番大きい。 それに、仲間が来てくれるだろうとも思っていた。
「……あなた、相当お人好しだわ」
「……そう、でしょうか?」
「城の者なんて、誰も助けに来ないに決まってますもの」
誰も助けに来ない、だろうか。リタは内心首を傾げた。確かに評判は良くないし好き勝手していた女王だけれど……少なくとも一人は、女王を案じている人がいるはず。城にいた時間が少ないリタだったが、心当たりはある。
「あ、トカゲが起きた!」
「うぅ……」
その時、サンディの声が聞こえてきた。同時に、アノンが身を起こそうとする物音も。
「あ……アンタと戦って、わては気付いてもうた。わて、人間とちゃうわ……。人間はクチから火ぃ吹いたりせえへん。こんな鋭い爪もあらへんしな……」
「アノンちゃん……」
アノンは身体を動かそうとするが、まだ手当ては終わっておらず、カレンの叱咤が飛んだ。
「まだ動かないでくださいます?! 治療は終わっていませんのよ! アルティナ、動かないように押さえてくださいませ!!」
「無茶言うなよ」
それでも何とか押さえつけていると、誰かの足音がこちらに近付いていることに気付いた。
足音は一人分のみ。走ってこちらに向かってきている。
向こうから顔を出したのは――侍女のジーラだった。
その場の状況を見たジーラは、慌ててアノンに駆け寄った。
「お……お待ちください、皆さん! これ以上アノンを傷つけるのは止めてください! アノンにもしものことがあったら、女王様はもう誰にも心を開かなくなってしまいます……!!」
「お願いします!!」と頭を下げるジーラであったが、何やら誤解しているようである。アノンを押さえて治療していたのが、トドメを刺すようにでも見えたのかもしれない……。
カレンが躊躇いがちにジーラに話しかける。
「あの……ジーラさん?」
「トカゲは今治療中だ」
「そこを何とかお願いし……え?」
アルティナが簡潔に状況説明をすると、目をぱちぱちと瞬かせたジーラは、改めてアノンの様子を窺った。倒れてはいるけれど、傷がほとんどないのは治療中だからか。
勘違いを悟ったジーラは、真っ赤になりながらカレンとアルティナに再び頭を下げた。
「ああっ、私ってばとんでもない思い込みを……! し、失礼しましたっ!!」
「い、いえ……誤解が解けて何よりですわ」
何度も頭を下げるジーラ。その様子にリタは微笑み、女王は信じられないように見つめていた。
「お城の人が誰も助けに来ないなんて、そんなことありませんでしたね」
(助けに来た侍女)21(終)
―――――
ジーラが何だかドジっ娘に……。
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