第八章 21-1
「だいたい、リタは無茶をし過ぎですのよ」
「……」
「女王様が誘拐されたからとはいえ、こんな暗くて迷路みたいなところに一人で踏み込んでいくなんて……無謀だとは思いませんでしたの?」
「えっと、……少しは?」
「少しどころか大いに思っていただいて結構なのですけれど?!」
「う、うん……」
最初こそ治療として回復呪文を唱えていたカレンであったが、それはいつの間にか説教へと変わっていた。手頃な瓦礫の上に座るように促され手当てをされていたはずなのだが……カレンは今までの不満が爆発したかのように言い募った。
しかも、アルティナに対するかのようなこの物言い。――結構、怒っているのかもしれない。
しかし、カレンが怒るのも仕方ない。やむを得ないとは言っても、無謀にも一人でここまで来て心配させてしまったのだから。
「その……ごめんなさい」
素直に謝ると、カレンは閉口し、刺々しい言葉がピタリと止んだ。また何かマズイことをやらかしただろうか、と恐る恐るカレンを見上げる。
「……そんなにあっさり謝られたら、」
「……カレン?」
「これ以上怒れないではないですか!!」
「え?!」
思いがけない剣幕にリタはぽかんと口を開けた。謝ったのがいけなかったのか、それとも他に何か粗相をやらかしただろうか、と頭の中でぐるぐると考えた。いや、きっと謝ったのがいけなかったのかもしれない、ならば何と言えば良かったのだろうか。……だんだん頭が混乱してきたリタだった。
一方のアルティナも、怒れないと言いながらしっかり怒っているじゃないか……と思ったが、口にするのはやめておいた。カレンの気持ちは分からなくもない、のだが。
「もっと言いたいことがありますのに……リタはもう少し、アルティナみたいなふてぶてしさを身に付けるべきですわ!! そうは思いませんことアルティナ?!」
「何で俺に聞く」
まず例えが失礼だし、その例えに出された本人に同意を求めるとはどういう了見だ。
そんなアルティナの突っ込みは黙殺し、嘆息するカレン。なんならこっちが嘆息したい。アルティナはつきそうになる溜め息を何とかのみ込んだ。このお嬢様と話していると、溜め息をつきたくなることが多くなるが、癖みたいにそう何度もつきたいものではない。幸せが逃げる。
そんな二人の様子を交互に見たリタは、しゅんと肩を落とす。屋上から沐浴場へ飛び降り、地下水路へ乗り込み、そして怪我まで負って――二人には心配させることばかりしている。
「……ごめんね、」
しょんぼり謝ると、カレンの拗ねたような顔が困ったようなものへと変わった。
「もう……謝らないでくださいませ。この旅が、少々どころではない危険を伴うものだということは百も承知ですわ」
今までの経験からして、女神の果実に関わって厄介事に巻き込まれなかったことがない。いずれも一筋縄には果実を回収できず、今回もその例外ではなかった。
「ただ……もう少し私達を頼っていただいてもよろしいんではないかと思うのですけれど」
「え……頼ってるつもりなんだけどな……」
何を以て頼っていることになるのかは分からないけれど、仲間の存在がリタを支えてくれているのだと思う。
「どこがだ」
「全くそんな感じしませんわ」
アルティナとカレンの二人からほぼ同時に言われ、そんなに風に見えるのだろうか、とリタは目を瞬かせた。
「えーと、だって……二人とも、ちゃんとここに来てくれたでしょ……?」
来てくれると分かってたから、リタは躊躇せずに地下水路へ潜った。無意識のうちに考えていたことだったけれど、地下水路でそれに気付いたから。
「来てくれてありがとね」
今度は二人の方が目を瞬かせ、顔を見合わせる。そして同時に――溜め息をついた。前言撤回。溜め息はすでに癖になりつつあるかもしれない。
「えっ、何で?!」
「いえ……お気持ちはとてもありがたいのですけれど……」
二人の言いたいこととリタの言っていることは、どこかズレているような気がした。どこが、と言われれば何とも言い難いのだが……何ともモヤモヤとした感覚である。
「……まぁ、お前らしいな」
「私らしい……?」
リタらしいと言えば、そうかもしれない。
目の前のことに一生懸命な駆け出しの守護天使。それが、このパーティのリーダーであった。
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