天恵物語
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第八章 22

「ジーラ……なぜ? あんなにひどいことを言ったのに……なぜそこまで私のことを……?」


ひどいこと、とはジーラをクビにしたことだろう。まさかそのジーラが助けに来てくれるとは。夢でも見ているのではないかとさえ思った。目の前で起こっていることは紛れもなく現実で、ジーラが助けてくれたことも事実であったけれど。


「私は……見てしまったのです。女王様がアノンの前で涙を見せながら話しているのを。ワガママが自分が嫌い。両親がいなくて寂しい……。女王様は、そうおっしゃってました」


ジーラの言葉にはっと息を飲む。ワガママも高慢な性格も直せず、寂しさを埋めることも出来ず、女王は唯一心を許せるアノンによく悩みを話していた。――素直になれず、誰にも話せなかったことを。


「私は……そのお気持ちをアノンだけでなく私達にも打ち明けて欲しいのです。つらい気持ちを分け合えば、女王様も変われるはずだから……」


「ジーラ……」


城で孤立する自分も、分かってくれない周囲も、苛立たしかった。思うようにいかない現実が腹立たしい。
――自分のことなんて誰も理解してくれないのだと、そう思っていた。それが自分の性根のせいだと分かってはいたけれど。
ジーラは気付いてくれていた。


「……ありがとう、」


ずっと一人だと思っていたが、そうではない。気付かなかっただけで、ジーラはずっと見守ってくれていたのだ。


「……あの城には、ジーラはんみたいな優しいお人もいたんやなぁ。これじゃあ、わてはピエロやで……」


ようやく治療から解放されたアノンが、しみじみと呟いた。ユリシスとジーラの様子を目を細めて見つめる。


「わてはチカラずくで、あの城からユリシスはんを引き離そうとした。トカゲの浅知恵やったわ……」


わざわざ引き離す必要はなかったのだ。城には、ちゃんと女王の居場所がある。もうアノンは、強引に女王を連れ出そうとはしなかった。


「なぁ、旅人はん……」


アノンはリタに向かってそう呼び掛けた。アノンからは、先程までの敵意は全く感じられなかった。


「聞いてたで。アンタ、わいが食べた木の実探してたんやってな。それに……あの木の実に詳しいと見たで。わて、もうこんな力いらん。トカゲに戻ってユリシスはんと一緒に暮らすことにするわ」


「アノン……」


ありがとう、と礼を言うとアノンは照れ臭そうに頭をかく。


「アンタらだったら託してもええわ。あの二人は気に食わんけどな!」


そう言ってアノンはキッとアルティナとカレンを睨む。まだ二人を許すつもりはないらしい。


「まだ言ってんのかコイツ」


「執念深い男は嫌われますわよ」


「うっさいわ! ケガ直してくれた礼なんか言わんからな、木の実渡してこれでチャラや!」


というか、もともとはリタ達と戦って出来たケガである。カレンが全部治してくれたはずだが、何だか少し申し訳ない気がした。


「その……ごめんなさい。もうどこも痛くないんだよ、ね?」


「アンタ……あの二人と違って優しいなぁ……。まるで天使のようや……!!」


そんな大袈裟な、と言いたいところだがリタは実際天使であった。
何やら感激したらしいアノンがずいとリタに身を寄せた。迫力満点なトカゲの顔が間近に迫り、気後れして半歩下がってしまった。鋭い爪が無かったら、アノンはリタの手を取っていたかもしれない。


「わても、アンタにあんなケガさせて悪かったな……! にしても、そーいうとこ、あの二人にも見習わせた方がええんちゃうか?」


「余計なお世話だ」


「わっ……?!」


アルティナが不機嫌そうにアノンからリタを引き離した。後ろから背中を引かれ、バランスを崩しかける。アルティナの手があったため、何とか建て直して転ばずには済んだ。
自分で転びそうになった時も、アルティナは転ばないようにしてくれた、けれど……今回は相手のせいで転びそうになったため、文句を言う気になっても、お礼を言う気にはなれない。


「もう……いきなり引っ張ったらビックリするよ」


「そりゃ悪かったな」


さらりと謝ってはくれたけれど……何かが引っ掛かる。機嫌が悪いと言うか、ふてくされたようなアルティナの様子に、リタは密かに首を傾げた。


(何だか、あんまり悪く思ってなさそうな……?)


当たらずとも遠からずなリタの見解ではある。他の面々はと言うと、アノンは「ははぁ」と合点したようにしたり顔を浮かべているし、カレンは若干呆れたようにアルティナを見ている。


「余裕ない男は嫌われるで」


先程のカレンのようなことを言うアノンに、そのカレンも大真面目に頷く。


「そこは大いに同感ですわ」


「お前一体どっちの味方だよ」


「?……えっと、」


どういう意味だろう、と分かっていないのはリタだけらしい。
軽口を叩いている間にも、アノンの体は輪郭がぼやけ、淡い光を放ちはじめる。巨大なドラゴンのよう魔物から、小さなトカゲへと戻ろうとしている。そろそろ時間が来たようだ。


「それじゃあ、この木の実……アンタに託すで。ジーラはんのようなお人がいれば、もうユリシスはんは大丈夫や……」


最後にユリシスとジーラを見遣ると、アノンは一際まばゆい光に包まれた。

――おおきに……天使のような旅人はん……。

その言葉とともに、金色の果実を残して。その脇には、ちょこんと小さな金色のトカゲが一匹。
ジーラの手を借りて立ち上がった女王は、アノンに歩み寄った。そして、足元のアノンをじっと見つめる。
見守ってくれていたのはジーラだけではない。アノンはずっと一緒にいてくれた、小さな友人。


「……あなたも、私のことずっと想ってくれてたのね……。ありがとうアノン……」


女王はアノンに近づくと、大切そうにそっと掬い上げた。










(もう、孤独ではない)
22(終)




―――――
アノンがいると、なかなかシリアスな会話にならないなぁ(^-^;


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