第八章 20
アノンが攻撃を仕掛ける。大振りな動きをするため、当たると相当ダメージは大きいだろうが、かわすことはそこまで難しくない。
ただ、こちらも迂闊に攻撃は出来ない。暴れる巨体も危険だし、アノンの攻撃は広範囲に及ぶので、近付くことすらままならない。リタのように扇を武器にしていると、特に。間合いが短すぎるため、敵にかなり近付かないと攻撃すら当たらない。
(あとは、呪文を唱えるしか……)
ドラゴンには、何が効くのだろう。と言っても、リタが唱えられるのは簡単な風と氷の魔法だけなのだが……。
そういえば、とアノンが火を吹いていたことを思い出す。怒りを露にした時、威嚇のように口からチラリと炎が燃え上がっているのが見えた。
魔物は大抵、自分と反対の属性を持つものを弱点とする傾向がある……と昔、師匠に教わった覚えがある。アノンは元々魔物というわけではないが、女神の果実で魔物化した今、その傾向に当てはめることが出来るかもしれない。
炎の反対の属性は、氷だ。
(もしかしたら、氷の魔法が効く……?)
何はともあれ、ものは試し。幸い、標的は大きいので外す心配はなさそうだ。あとは味方へ当てないようにさえすれば良い。
全神経を集中させ、呪文を唱える。まずは、様子見も兼ねて、初歩的な魔法から放つ。
「……ヒャド!!」
鋭く小振りの氷塊が、アノンを狙う。突如襲いかかってきた氷の魔法に、アノンが怯む。その隙を逃さず、アルティナが一撃を繰り出した。手応えを感じたものの、アノンは倒れず再び襲いかかってくる。なかなかしぶとい。少々面倒な戦いになりそうだ。
しかし、氷の呪文が有効だということは分かった。ならば、とリタは更に呪文を唱える。最初のものよりは強力な、氷の魔法。
「ヒャダルコ!!」
今度は氷の柱がアノンを襲う。氷が弱点だと踏んだのは当たりだったようで、アノンはかなりダメージを受けた。
そこへ再びアルティナが攻撃を仕掛けるが、二度目はさすがに読まれていた。相対したアルティナに向かって爪を振りかざす。
しかし、それが狙い目だった。
「私もいることをお忘れなく!」
アノンの攻撃を、アルティナは軽々と避けた。その背後からカレンが槍を振るう。――アルティナの攻撃は、いわばおとりのようなものだった。
アノンが苦悶の咆哮を上げる。あともう一息、というところだ。
もう一度、リタは氷呪文を唱えるために魔力を集中させる。
「……わては……ここでくたばるわけにはいかんのや。ユリシスはんを、あの敵だらけの城にわけにはいかん……わては、死ぬまで戦うで!!」
アノンは、ただ女王のためを想って人間になろうとし、そして今戦っている。地下へと逃げ込んだのは、一刻も早くユリシスを城から遠ざけたかったから。孤独な空間から、連れ出したかったからだった。
――これまでのアノンの行動は、全て女王のため。
(……アノンは、)
女神の果実を食べたアノンは冷静さを欠いており、話し合いどころではない状態である。暴れだしてからは、更に狂暴になった。それでも、根底にある女王への気持ちだけは変わらない。
アノンは、ただ……女王を守りたかっただけなのだろう。
そう思ったら、呪文を唱える動作をためらってしまった。その一瞬が、命取りとなる。
すでにボロボロなアノンは、やみくもに腕を振り払う。無造作な攻撃はリタへ向かって放たれた。
「リタ!!」
カレンの焦ったような声が聞こえる。すぐに避けようとしたものの、爪の先が目の前まで迫っていた。
(あ……避けきれない、かも)
変に冷静な頭で考える。
案の定というか、肩から腕にかけて熱い衝撃が走った。引っ掛かった爪の跡から血がにじむ。
とはいえ、多分そこまで傷は深くないはずだ。避けきれなかったけれど、思いきり攻撃を受けたわけではない。
また攻撃されれば今度こそ危ない。腕を押さえながらアノンを見るが、すぐさまアノンが攻撃してくる様子はない。
「……っくそ、」
そこへ、舌打ちしたアルティナが剣を振り下ろした。今度こそ、アノンは倒れた。少しだけ違和感を残して。
(今の、って……?)
アルティナに斬られる前、そしてリタへ攻撃を与えた直後。アノンが何だか呆然としているように見えたのは、気のせいだったのだろうか。
(女王のために)20(終)
―――――
相変わらず戦闘は難しい……。
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