天恵物語
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第八章 15

アノンが化け物になり、女王を連れ去ってしまった。
そんなことを聞かされたのは、アルティナとカレンが屋上を降りて沐浴場の入り口へ着いた時だった。
先程とは一転して騒がしくなった城内に二人して顔を見合せ、何があったのか聞いた時は一瞬耳を疑った。しかし、すぐにその原因が女神の果実にあるのではないかと予測出来た。――アノンが化け物になったのは、アノンが果実を食べたことによるものだろう。


「……そうだとしましても、リタは?」


もしかして、とカレンは嫌な予感をせずにはいられなかった。いや、予感というより確信であろうか。沐浴場へ飛び込んだリタがどうするかなど聞かなくても分かる。それでも、聞かずにはいられなかった。
騒ぎになった沐浴場にいたという侍女をつかまえて、カレンはリタの行方を探った。


「リタ……? あ、もしかして天井から落ちてきたあの銀髪の子のことかしら」


天井から落ちてきたこと自体とんでもないのだが、アノンが化け物と化したせいか感覚が麻痺したらしい。リタが沐浴場に飛び込んできたことは何でもないようにさらっと流された。


「その子のことですわ! どこへ行ったかご存じ?!」


カレンの勢いに圧されながら、侍女は言いにくそうに答えた。


「その……アノンちゃんにさらわれた女王様を追って地下水路へ……」


一瞬の沈黙ののち、カレンはやはりそうかと肩を落とした。「あの馬鹿、」とアルティナも愚痴をこぼす。予想していたとはいえ溜め息をつきたくなった。二人を待つという選択肢はなかったのだろうか。一人で追いかけるなんて無謀すぎる。


「……そんなことだろうと思ってたがな、」


きっと、持ち前のお人好しを発揮したのだろう。目の前で連れ去られた女王を、リタが放っておけるはずない。たとえそれが自分に意地悪な仕打ちをした人だとしても。


「で、その地下水路とやらはどこにあるんだ?」


「沐浴場の茂みの奥に井戸があるのですが、そこから……」


井戸の底に地下水路への入り口があるのだと言う。地下は入り組んだ構造になっており、少し歩き回っただけで迷子になりかねない、らしい。いろいろと不安すぎる。リタを見つける前に自分達が迷子になってしまうと元も子もないのだが。


「これは……? 一体何の騒ぎですか?!」


「あなた……確か、ジーラさん?」


つい先程女王にクビを申し渡されてしまったジーラが、こちらへ駆けてくるところだった。彼女にも事情を説明すると、途端に顔が真っ青になり、今にも倒れそうなほどである。それほど女王を心配しているということだろう。


「そんな、アノンちゃんが化け物に変わり女王様を……それを今、リタ様が追いかけてくださっているのですか……」


そして、そのリタをこれから二人が追いかけるところである。事態を把握したジーラは、ただひたすら女王の身を案じていた。


「地下水路は危険ですからお気をつけください……。そして、どうかお願いです、女王様をお助けください!」


必死に頭を下げるジーラに、カレンは何とも複雑な気持ちになった。女王を心配するのは今のところ侍女のジーラだけ。心配するどころか良い気味だと、女王がいなくなったことに清々しているすら者もいる。
なぜ、ジーラは女王にそこまで肩入れするのだろう。


「あの、失礼ですけれど……ジーラさんはどうしてそんなに女王様をお庇いになりますの? あんなにひどいことを言われましたのに……」


挙げ句にはクビまで切られてしまったのに。ジーラがそれほど女王に尽くす理由が分からなかった。


「女王様は……本当は寂しかっただけなんです」


ジーラは目を伏せて、そう切り出した。
先代王は忙しさのあまり、ずっとユリシスを一人ぼっちにしていたという。先代の偉業の裏には、そんな裏話が隠されていた。母親もおらず、広い王宮に一人っきりだった王女は何を思っただろう……想像に難くはない。


「アノンはそんなユリシス様の寂しさを埋めてくれた大切な友達だったのです。ご両親の愛をまともに受けられず、その上アノンにまで裏切られるなんて……今度こそ女王様は立ち直れなくなってしまいます! だから私は……」


何としても、女王様を助けたい。ジーラはずっとそんな思いを抱えていたのだった。


「……そうでしたの」


ユリシスは、ただのワガママな女王というわけではなかったのだ。女王の過去に思うところのあるカレンは女王への認識を新たにした。だからと言ってワガママし放題が許されるわけではないけれど……女王の本心が少しだけ見えたような気がしたのだ。境遇は違えど父親とのすれ違いに自分と重ねてしまい、他人事とは思えなくて。


「待っててくださいませジーラさん、女王様もきっと助け出してみせますわ!」


まずはその前に、リタに追い付かなければならない。話はそれからだ。
カレンはジーラに力強く頷いてみせた。









(いざ、地下水路へ!)
15(終)



―――――
ということで、一方その頃カレンとアルティナは……でした。次はまたリタに視点戻ります。


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