第八章 08-1
「黄金の果実? それなら先日、女王様に差し上げてしまいましたよ」
「え……」
あっけらかんとそう言ったのは、女神の果実を拾ったという件の商人である。「いや〜、一足遅かったですな」と笑っているが、こちらは笑ってなどいられない。
「お城にいるって聞いたからまさかとは思ったけど……」
「悪い予測が当たってしまいましたわね」
よりにもよって、女王様に献上したのだという。
そうなるとやはり、女王に謁見し果実を譲ってもらうしかないのだが。
「アノ女王様が簡単に果実を渡してくれるのかねぇ〜?」
サンディが周りを漂いながら意地悪くぼやいた。
実際に見たわけではないけれど、評判はすこぶる悪い女王である。そう簡単には渡してくれないかもしれない。
城に来てみたは良いものの、出だしから大きくつまずいてしまった。しかしこれで諦めるわけにはいかず。
「それにしても……誰に話を聞いても女王様の悪評しか聞こえてきませんわ」
「どんだけ贅沢してんだあの女王は」
金銭面も国庫が回らなくなるくらいの財政難に陥りかけ、沐浴場という施設を作ったことによる水不足。城内でもわがまま放題のやりたい放題。そんな話しか聞かない。ついでに先代の王ガレイウスがいかに偉大だったかも聞いたのだが、偉大だっただけに女王の悪評が際立つというか。
「先代様は、王として偉大でも親としてはダメダメでしたのね。私の父の方がまだ良い…………いえ、似たり寄ったりでしょうか……」
「そ、そこは“良い”って言っておこうよ……」
しかしリタのフォローにもカレンは首を振った。
「リタ……残念ながら言い切れるほどの自信が私にはないのですわ」
「なるほどそれは残念すぎる」
「……なぜでしょうね、アルティナに言われると無性にイラッとするのは」
アルティナはただ単に感想を言ったに過ぎないのだが、日頃ケンカしまくるせいか、言葉の裏を勘繰ってしまうカレンであった。
憎まれ口を叩くとふう、と息をつく。悩めるブランス家の一人娘であった。
「そんなことより女王様ですわね。確か今は沐浴中なのでしたっけ……」
噂されている側から女王は水を使いまくっていた。
「……沐浴が終わらないと女王様とお話すら出来ないんだよね。どうしようか……」
その沐浴場は、女王が沐浴を楽しんでいるためという理由で中に入ることは出来ない。ついさきほど、女兵士に言われたばかりのことである。奥からは女王と侍女らしき人達の笑い声が聞こえてきていた。
「あの調子だと、話すどころか会えるのかも謎なんですケド」
「うぅ……」
一介の旅人にあの女王が面会してくれるのかどうか。……してくれない気がするのはリタだけではあるまい。
「どうすれば会ってくれるかな……」
「さぁな。女王に恩でも着せれば良いんじゃないか」
「それこそどうやんのヨ……」
つまり女王に借りを作らせるというわけだが、妙案は思い付かず。
「会う方法も考えないといけないけど、何て言うかも考えなきゃだし……、っわぁ?!」
「きゃ……あ、すみません!」
だんだん頭がこんがらかって来た時である。曲がり角に差し掛かると、突然何かの影が自分に勢い良くぶつかったのが見えた。その衝撃で、よろけて転びそうになったリタをアルティナが後ろから支える。
「考えるのはいいが、ちゃんと前見て歩け」
「ご、ごめんなさい……」
アルティナに謝ってから、ぶつかった相手にも謝ろうとそちらに視線を向ける。南国風の露出の高い服に黒い髪をしている……女王の侍女であろう。似たような格好をした人は城にたくさんいた。リタは何とか転ばずに済んだが、相手の侍女は盛大に尻餅をついてしまっていた。
「あの、大丈夫ですか……?」
手を差し出すと、侍女はその手を取り立ち上がった。
「あ、ありがとうございます」
「私、前を見てなくって……ごめんなさい」
「いえっ、私こそよそ見しながら走ってしまって……」
侍女は、裾のほこりを払いなからそう言うと、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「すみません……お怪我はありませんでしたか?」
「いえ、私は全然……えぇっと、あなたの方が……」
リタはともかく、侍女は後ろへ思いっきり倒れ込んでしまったのだ。
しかし侍女はそのことについて気にしていないというか、全く頓着しなかった。
「あ、私なら大丈夫ですよ。派手に転んじゃいましたけど、いつものことですから慣れてます!」
「そ、そうなんですか……?」
「はい、ですからご心配は……あぁっ、すみません! 私これで失礼しますっ」
言うが早いか、侍女はぴゅーっと廊下を駆け抜けてあっという間に去ってしまった。声をかけるスキもなく、リタは呆気に取られながら侍女の後ろ姿を眺めた。いろいろとツッコミ所のある侍女であった。
「……何だかすごい急いでるみたいだったね」
「……急いでるというか、焦っているみたいだったが」
見送る後ろ姿は、何かを探すように頭を動かしていた。
「アノンちゃーん、どこにいるのー?」
「……アノン、ちゃん?」
侍女は確かに何かを探しているようだ。アノンちゃんなるものが何かは分からないけれど。
「そういえば、女王様はペットを飼っているのだったかしら……」
「あ、そっか。もしかしたらそれがアノンちゃんなのカモ?」
サンディが納得したように手を叩いた。憶測ではあるけれど、もし本当に女王のペットが逃げ出したのならば……
「へぇ、そいつは……女王を引っ張り出すのにまたとない恰好の獲物じゃねーか」
「セリフが悪役すぎますわアルティナ」
しかしアルティナの言うように、ペットの脱走とは絶好の機会である。これを使わない手はないだろう。
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