第七章 08-2
「光る、果実……?」
宿屋の厨房でのこと。
コックは、確かにそう言った。マキナは光る果実を食べたのだという。
「すみませんがっ、光る果実について、もう少し詳しく話していただけませんこと?!」
襟首を掴む勢いで詳細を伺うと、コックは目を白黒させながらも話してくれた。
「ひ、光る果実かい? あれはマキナ様のご病気を治すため、遠い国からはるばる取り寄せたものだよ。何でも万病に効くとかで、それを食べたマキナ様は見違えるほど元気になった。でも、それからマキナ様は何も食べず人が変わったようになってしまって……」
やはり。これはきっと、リタが探している女神の果実に違いない。光っている上、それを食べた人間に何かしらの変化をもたらす。……今までの経験上、良い方向に作用することはほとんどないと思われるが。
一旦、リタ達のところへ戻ろうか。それとも、舟番や乳母の話を聞きに行こうか。
(……まだ武器を選んでいる途中かもしれませんわね)
アルティナだけでなくリタも武器屋へ行かせたのには、そういう意図があってのことだ。ああでもしないと、いつまでも買わなそうだと思ったから。天使だからかは分からないが……リタは身に付けるものに対してあまりこだわりがないというか何というか。
そういう意図があったわけなのだが、やはりリタは気づいていなかったみたいである。とはいえ、アルティナは勘づいたと思われるので、きっと何とかなるだろう。こういう時は勘が働く人らしい。全く別の方向には働かないみたいだが。
あの二人のことは置いておくことにして、とりあえず乳母の家へ向かう。
乳母の家は、屋敷から少し離れた三件並ぶ家の一番右……のはずだ。記憶が正しければ。
果たして、乳母はその家にいた。
「まぁ……もしかして、カレンお嬢さん?」
「ええ。お久しぶりです」
「あらまあ、すっかりおキレイになられて……」
この乳母とは昔、何回か話したことがあり、顔見知りであった。
しかし、世間話をしている余裕はない。目的は、マキナがなぜああなったかということと、機嫌を直す方法を知ることだ。
早速本題に入った。
「マキナさんのことで少し相談があるのですが……」
「マキナ様、ですか? もしかして、マキナ様に何かあったのですか」
屋敷での一部始終を乳母に話すと、乳母は不安そうに屋敷の方を見た。
「マキナ様が部屋に閉じこもってしまわれた……心配だわ。でも、私が行っても会ってくださるかどうか……機嫌を損ねたマキナ様は癇癪を起こしやすいですから」
……何だか聞けば聞くほど昔と今のマキナがかけ離れていっている気がするのは、気のせいではあるまい。
女神の果実を食べてから随分変わったと、コックは言ってたけれども。
「そうだわ、あの人なら……。からくり職人のおじいさんなら、マキナ様も会ってくれるかもしれないです。おじいさんはマキナ様がただ一人だけ心開く相手ですから」
「分かりました、ありがとうございます」
新しい情報が入った。
からくり職人、というと教会の隣の家に住むあのおじいさんのことであろう。武器屋の近くでもある。
向かおうとした、その時。
「カレン!!」
「……リヒトお兄様?」
リヒトが屋敷の方からこちらへと走ってきていたのが見えた。先程の、あの久しぶりの再会を再現したような光景に若干顔がひきつる。
が、あの時には無かった切迫した表情に――いや、あの時はあの時で、ある意味切迫した表情だったけれども――さすがのカレンも非常事態らしいことを悟った。
「何かありましたの?」
「それが、その……」
息を整え、リヒトの告げた一言は――。
「マキナさんが誘拐されたんだ!」
(残っていたのは、犯人からの手紙だけ)08(終)
―――――
話がようやく動きだしましたね。
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