天恵物語
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第七章 04

マキナから屋敷を追い出された一同は、門の前でマキナの様子を伺った。しかし、何の音沙汰もなく時間だけが過ぎようとしている。理由も分からず、ただ理不尽に追い出された面々は、その場に立ち尽くすばかり。


「全く、マキナお嬢さんの気まぐれも困ったものですね」


「旅の方、お気になさらず。こんなこといつものことなんですから」


「そうそう、あの屋敷にいた使用人もわけの分からない理由で追い出されたし……」


会話のほとんどは、追い出されることとなった発端の少女に向けられたものであった。


「リタ……何もそんなに落ち込むことありませんわ。理由もまだ分からないですし、船だって頼み込めば、きっと譲っていただけます」


「うん……ありがとう、みんな……」


しかし、慰めれば慰めるほど、リタの肩は下がって行くのだった。


「にしてもマキナとかいうお嬢様ってば、一体何なのヨ? いきなりキレ出すとかマジでイミ不明なんですケド!」


一部始終を見ていたらしいサンディも、他の面々に同調した。空中で腕と脚を組み、ちょうどリタの頭の上を漂っている。


「ホラ、アンタもいつまでもキノコみたいにジメジメしてないで、どーすれば船貰えるか考えなさい!」


それにしても……慰めているつもりなのかもしれないが、いかんせん言い草がヒドかった、が。


「そ……そうだよね! じゃあ、どうすればマキナさんの機嫌直るのか考えないと」


「今ので立ち直ったのか……」


「え?」


「いや、何でもない」


リタを慰めるにはアメよりもムチの方が効果的らしい。学習したアルティナだった。
実は、これには厳格な師匠を持ったことが起因していたりする。


「マキナって子と仲の良い人いないのかなー? ……って、そーいやカレン、マキナと仲良かったっぽくナイ? 何とかならないワケ?」


マキナのカレンに対する対応を思い出したサンディは指をパチンと鳴らした。あの時、脇の町民に接する時よりもマキナの笑顔が輝いているように見えた。カレンの説得であればマキナも聞いてくれるかもしれないと思ったのだが。


「いえあの……私、マキナさんとは面識ありましたけれど、一回しか会ったことありませんのよ」


「ちょ……えぇー! あんな懐いてたっぽいのに!?」


「はあ……私もそれが良く分からないのですが……」


傍からは、マキナの対応は”旧友に会った喜び“に見えた。しかし、事実は結構に違うらしい。


「一回しか会ったことはないのですけれど、その時一緒に遊びましたから、”友達“……ではあると思います、けど……」


「何なんだ、そのお嬢サマとの複雑な距離は」


アルティナが呆れたような声で呟く、それと同時に誰か、こちらに走ってくる人影があった。みんなが何事かと一斉にそちらを見る中、カレンだけは「げっ……」とお嬢様らしからぬ声を上げた。


「カレン、知り合いなの?」


「カレン……やはり君なんだね……!!」


リタと声の被ったその人は、声からして男のようだと分かる。
金髪を後ろで緩く束ね、目は穏やかな榛色。銀縁の眼鏡に貴族のような出で立ちで知的なイメージを彷彿とさせる――ここまでくれば、髪と目の色からして、この人物の正体は大方見当が付く。


「久しぶりだね、我が妹よ……!!」


そう、カレンの兄であった。


「……出ましたわね! そろそろ来る頃だとは思ってましたけど、一体何の御用かしら!?」


……カレンの対応は、どうみても久しぶりにあった兄に対するものではなかった。


「ははは相変わらず冷たいなぁ。何の用って、もちろん君に会いに来たに決まってるじゃないか!」


バックに効果を使ってるんじゃないかというほど、カレンの兄はキラキラしかった。真っ白い歯をキラリと光らせて笑うその姿は、どこぞの貴公子か何かのようだ。
そしてガシリとカレンの両手を包むように握り、瞳には心配の色を宿していた。


「もう二度と帰って来ないんじゃないかと心配してたんだ。そんな年で旅に出るなんて……危険な目にあってないかと夜も眠れなかったんだから」


兄の憂い顔に、カレンはげんなりしているようだった。この光景に目を白黒させているのはリタとアルティナだけで、その他その場にいる町民達は兄妹を生暖かい目で見守っていた。どうやらこれは日常茶飯事らしい。


「……そういえば、もう一人いませんけれど……」


警戒するようにキョロキョロと辺りを見回すカレン。そういえば、カレンが「兄は三人いる」と以前言っていたことをリタは思い出した。


「ああ、彼ならもうすぐ来るんじゃないかな」


ほら、と兄が指差す方向には、もう一人走ってくる(しかし目の前の兄ほど全力ではない)影がある。
それを見つけてもやはり、カレンは渋面を作っていた。


「ちっ……また面倒なのが来ましたわ……!」


サンマロウに来てからというものの、一気に口が悪くなってしまったカレン嬢である。
やって来たのはこれまた金髪で、しかし今度は短髪。緑色の目はつり目で猫のようだ。
こちらもカレンの兄、らしい。


「カレン! 何だよお前、帰ってくるんだったらちゃんと……」


言え、と言おうとしたのだろうが、その言葉はリタを見た途端、行き場を失った。じーっと凝視したかと思うと、つかつかとリタに歩み寄り、先程の最初の兄のようにリタの手を握りしめ、そして。


「初めましてかわいいお嬢さん。もし良ければ名前を教えてくれませんか」


「えぇっと……」


「そこの軽薄男、リタを口説かないでくださるかしら」


「あてててっ」


カレンは、その“軽薄男”の耳を引っ張り、リタから強引に離れさせた。またも、兄に対する対応ではない。


「悪かったって。いや、だってさぁ、かわいい女の子いたら、まず話しかけたくなるのが男ってもんでしょ!」


「覚えていらっしゃいな、それを実行するのが軽薄男ってモノですわよ」



こちらは、本当に貴族の息子なのだろうか? そう疑いたくなるような出で立ちであり言動であった(ナンパは貴族的な口調であったが)。


「リタ、アルティナ。ご紹介が遅れましたけれど……」


咳払いして、カレンはリタ達を振り返った。


「こちら、私の愚兄。シスコンと女たらしですわ」


「…………」


「…………」


間違ってはいない。間違っては。









(名前は……?)
04(終)




―――――
名前は次回発表ということで。








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