第七章 03
「マキナさん、お久しぶりですわ」
「……久しぶり?」
笑顔をそのままにマキナは小首を傾げた。
「覚えていらっしゃらないかしら? 私、カレンです」
「カレン?」
名前を聞くなり、マキナは顔を輝かせた。それはもう、あからさまに。
「マキナのお友達ね……! 私、ずっとあなたに会いたかったの」
「そ、そうでしたの……?」
なんとも言えない違和感に、逆にこちらがタジタジになる。
まず、カレンはマキナに会ったことが指折り数える程しかない。なのに、この歓迎ぶりは一体何事だろう。
「おい、このすっとぼけた感じの箱入り娘がマキナってお嬢サマなのか」
「黙らっしゃいアルティナ」
失礼極まりないアルティナの言葉はマキナに聞こえたのか聞こえなかったのか。相変わらずにこにこと微笑んでいるだけで、その心情を推し量ることは出来ない。――まるで、お人形のように。
「そちらの人達は? カレンのお友達?」
「えーっと、まぁ……そのようなものですわね。こちらはリタ。そしてアルティナですわ」
「そうなの、二人ともカレンのお友達なのね。わたしともお友達になってくれるかしら。なにか欲しいものがあるなら言ってちょうだい?」
早速何かをくれるらしい。“友達になると”欲しいものを買い与えてくれるとは聞いたが、そんな早々にくれようとするとは。
まず話を切り出したのは、アルティナだった。
「……船を持ってると聞いたんだが」
それに対するマキナの返答は軽いものだった。
「ええ、持ってるわ。船が欲しいの? いいわ。あげる。どこへでも持っていってちょうだい」
実に軽い。太っ腹どころではないお嬢様の発言に唖然とするが、マキナは冗談を言っているようには見えない。
眉一つ動かさないマキナに、リタは遠慮がちに声をかけた。
「え、と……良いんですか? そんな簡単に」
「ええ。だからそのかわりお友達に、…………?!」
「…………?」
リタを見るマキナの顔がみるみる強ばった。今までの笑顔はどこへ行ったのか。突然の変化にリタは戸惑う。
「あなた……あなたは町の人達とは違う」
ドキリとした。もしかして、天使であると……人間ではないことが見抜かれたのかと思った。が、それがどうして人間の貴族の令嬢に分かるだろう。
そしてマキナは更に不可解なことを言い出した。
「あなた、マキナを迎えに来たのね!」
「む、迎え……って?」
どこへ。疑問はその一言に尽きる。もしかして成仏とか、そういった類いのことを言っているのだろうか。そうだとしても、あれは天使の仕事ではあるが強制的にさせるものではなく、リタにもそんな力はない。
だいたい、生きている人間の元に“迎え”が来るはずないのだ。
「とぼけないで! 私知ってるわ。あなたはマキナを迎えにきた。でも絶対にダメ!! わたし、あなたキライ! やっぱり船もあげない。帰って!」
突然の絶交宣言に――突然の剣幕に驚きすぎて――返す言葉もなく、ただ呆然としていた。リタだけではない、その場にいる全員がマキナに呆気に取られていた。一番ショックを受けていたのは、やはりリタであったが。
――何がなんだかさっぱり分からない。
「ま……まぁまぁマキナさん。そんな怒らなくたって……」
「そうよぉ〜、機嫌直して? ねっ、ねっ?」
脇にいる二人の健闘もむなしく――というか、火に油だった――、マキナはついに怒鳴り飛ばした。
「キライったらキライ! みんな出てって! あなたたちも、みーんなよ! 出てってーー!!」
マキナの様子を見て尋常ではないと悟ったのか、二人はささっと立ち、挨拶もそこそこに部屋から出ていった。もちろん、リタ達も言わずもがな退散した。
「え……え?!」
「リタ……心情はお察ししますけれど、とりあえず今は大人しく引き下がりましょう」
「う、ん……」
結局、マキナを怒らせた要因は分からずじまいだった。
(“迎え”って、一体……?)03(終)
―――――
人多くて、しかも名前すらないキャラまでいると大変なんですねー……。
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