第五章 08-1
村長の家で話した事は二つ。オリガを養子にしたいという村長の勧めと、もうぬしさまを呼びたくないというオリガの主張だった。
後者は「わがまま言うでない」とバッサリ切り捨てられてしまったのだが……。
「海の神様に甘えきってしまうなんて、いけないことだわ。なのに、誰も耳を貸してくれない……」
それはきっと“海の神様”を呼ぶ者――オリガにしか分からない、苦悩と悲愁。
それを村人に訴えても白い目を向けられるばかりである。
「でも、あなた方なら……村のことに関係ないリタさん達になら、きっと話を聞いてもらえると思ったんです。教えてください。あたし達のこんな暮らし……やっぱり間違ってますか……?」
辺りに沈黙が走る。
「……間違ってる、とは思う、けど」
不安そうに揺れるオリガの瞳に見つめられ、リタは重く口を開いたものの、内容が内容なだけに歯切れが悪い。
「でも……村長さんも言ってたけどさ、ぬしさま呼ぶの止めちゃったら……オリガさん、村に居づらくなるんじゃないの?」
「それは……」
「村人だって納得しないに決まってる。あの様子を見ればどうなるかくらい、お前だってすぐ分かるだろう」
ぬしさまの恵みをありがたがり、気ままで怠惰な毎日を過ごす――。この村の住人は、何もしない楽な生活ばかりを享受することにより、目が曇ってしまったのだろうか。
「でも、このままではいけないのは確かですわ」
「う〜ん、やっぱり……ぬしさまを叩くか村人を叩くか二つに一つ……?」
「それだったら、ぬしさまを叩く方が手間が省けそうだな」
「……普通は村の人達の説得の方が楽なはずなんだけど、ね……」
まず、村長がアレでは話にならない。村人の気持ちを変えるには、まずその村の長からのはずだが。
「だったらお前、村長説得してみるか」
「え゙っ、やだよ」
即答である。あの村長だけは何を言っても無駄な気がするので。あの手の者は、一度痛い目に合わないと分からない。……そう自分の勘が告げていた。
「リタ……そこまでハッキリとおっしゃらなくても」
さすがのカレンも苦笑するのを見て、リタは口を尖らせて言い訳というか文句を言った。
「だって……村長さんってば、ぬしさまのことになると聞く耳持たないし。家から追い出されるのが関の山……」
「そう……そうなんですよね。まずは村長様を説得しないと」
オリガは自分に言い聞かせるように呟くと、三人にお礼を言った。
「ありがとうございます。あたし、もう一度村長様にぬしさまを呼ばないって、言ってみます」
「そっか……。じゃあ、その時は私達も一緒に行くよ。あの村長さん、結構頑固そうだし」
「ふふ、そうですね。ありがとうございます。……あ、ごめんなさい。喋ってたらすっかり遅くなっちゃった」
もう明け方に近い時刻。空はすでに白みはじめていた。
「今日は夜も遅いですし、どうか泊まって行ってください」
そう言って、敷物を出してきたオリガをリタは慌てて止めた。
「ありがとう。でも、オリガさんの寝る場所が無くなっちゃうし、大丈夫。宿屋に戻るよ」
「でも……」
「家に押しかけた上、お泊りさせてもらうなんて申し訳ありませんもの。気にしないでくださいませ」
やんわりオリガの申し出を断ると、リタ達はオリガに別れを言い、外に出た。
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