第五章 06-2
「来たか、オリガ。……おや、そちらの方は?」
来訪者に気付いたツォの浜の村長がオリガを玄関で出迎えた。
立派なヒゲをたくわえた、神経質そうな面差し。そんな村長は、オリガが訪問した際に一緒にやって来た連れと思われる少女を見つけると、眉をひそめ誰何[スイカ]した。
「あの、村長様。こちらの方は……」
「初めまして、ツォの浜の村長さん。リタと申します、旅の者です」
あくまでもニッコリと笑顔で。村長に自己紹介をすると、村長は戸惑いの視線をオリガに送った。
「あの、リタさんは一度ツォの浜に来たことがあって、その時知り合ったんです!」
嘘のいきさつではあるが、まぁ、これくらい言わないと不審がられる。不信感は拭えないだろうが……。
「夜道に女の子一人は危険かなって思いまして、ついて来ちゃいました。あの……お話を邪魔するつもりはありませんから、ここに居させてもらっても良いですか?」
腰に引っ提げた武器を見て、見た目の割には腕が立ちそうだということを見て取ったらしい。一瞬、村長が苦々しい顔になったのをリタは見逃さなかった。自分の使いをオリガと戻らせなかったことを後悔しているのかもしれない。が、あえて無視をする。話の邪魔をする気は無いが、聞くつもりはあったりするので。……ここを、追い出されるわけにはいかない。
「では、少々ここでお待ちいただけますかな? 私とオリガは大切な話がありますゆえ……」
そう言って、村長はそそくさとオリガを連れて隣室へ姿を消してしまった。
予想はしていたのだが……
(何か、嫌な感じ……)
村長にそんな感想を持ち、隣室の扉に向けた顔を曇らせる。少しの間、椅子に座っていたリタだったが、誰も来る気配が無いと分かると、扉の傍から部屋の中の様子を伺った。
村長とオリガは向かい合ってテーブルについていた。村長の隣には、村長の息子と思われる小さな男の子が座っている。
「……オリガ。もうお前の父が行方知れずになったあの日から、ずいぶんになる。厳しいことを言うが、お前の父は死んだのだ。もう、浜に戻ることはあるまい」
オリガの父は、ある日漁に出てから、二度と帰ってこなくなってしまったのだと、浜辺の住民に聞いた。残念だが、きっともう帰って来ることはないだろう……。皆そう思っているし、オリガもそれは分かっているはずだ。
「だからな……オリガ。うちの子にならないか?」
村長のその言葉を予想していたのか、オリガは驚くことなく、ただ静かにそれを聞いていた。それとも、もしかすると前から上がっていた話題であったのか……。
「パパ……。そうだよオリガ、それがいい! 一人ぼっちなんて寂しいよ」
「息子のトトとお前は仲も良いし、ワシはお前を娘のように思っている。お前は今まで充分頑張った。もうそろそろ良い頃合いだろう」
息子の名前はトトと言った。懸命に親子に説得されても、オリガの顔色は変わらない。――その話に乗り気で無いことが、すぐに分かる。
「……ありがとうございます。少し、考えてみます。あの、実は……あたしもお話ししたいことがあったんです」
「何だね? 何でも言ってみなさい」
オリガにとっては、こちらが本題らしい。最初は少し躊躇していた様子だったが、オリガはやがて決心したように拳を握り、真っ直ぐ村長を見据えた。
もう、躊躇いの色は見られない。
「村長様。あたし、もうこれ以上ぬしさまを呼びたくないんです」
「オリガ……」
きっぱりと言い切ったオリガに、村長は悲しいような、憐[アワ]れみのような……そんな複雑な表情を浮かべた。
「あたし、こんな暮らし間違ってるような気がするんです。だから……」
「バカなこと言うな。そんな話、今更村の者が納得するワケないだろう? それにお前はどうするつもりだ。村のために、他に何が出来る?」
「それは……」
言葉に窮するオリガの様子を見て、村長はふう、と溜息をついた。
「まぁ……よい。今日は一度帰りなさい。お前も疲れているのだろう、な?」
「……分かりました」
村長が促し、オリガは肩を落として退室しようとしていた。
(わわっ……)
部屋の前で耳をそばだてていたリタは、慌てて扉から飛びのく。少し遅れて扉が開き、中からオリガが現れた。
「あっ、旅人さん。聞きました……よね? じゃあ、とりあえず……あたしの家に帰りましょうか」
こうしてリタとオリガは、あの二人の待つ小さな家へと……村長宅を後にしたのであった。
(ぬしさまをどうこうするよりも、村長様を説得する方が難しかったりして……)06(終)
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本当は、オリガ達とリタを遮る扉なんて無かったですけどね! 都合により、この話では取り付けさせていただきました。
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