天恵物語
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第五章 03-1

リタ達がツォの浜に着いた時、海岸には黒山の人だかりが出来ていた。


「漁……をしに行く感じじゃないよね」


人だかりには女性や子供だって混ざっている。これから行われる“何か”を期待している様子だが……一体何をしよういうのだろうか。
すると、一人のお年寄りがリタに声をかけてきた。


「お前さん達、旅の者じゃな? だったら浜辺に急ぎなされ。今なら、ありがたいものを見られるじゃろて」


「ありがたいもの……ですか?」


「行けばじきに分かる。急ぎなされ、もうすぐ始まってしまうじゃろう」


急かされ、成り行きで浜辺の人々に混ざると、真ん中に少女が一人立っているのが見えた。リタよりも何歳か年下くらいに見える、まだ幼さの残る少女だった。


「オリガ、今回も頼んだぞ!」


オリガ、というのが少女の名前らしい。
桃色の髪を二つに結っていた。青い目は不安げに揺れている。

やがて少女は海を見つめて、一心に祈りはじめた。


「おおっ、やっと始まるぞ!」


オリガが打ち寄せる波に足を入れると、周りからは歓声が上がった。当のオリガは、それを気にすることなく、ひたすら祈り続けている。


「……ぬしさま。海の底よりおいでください。どうか、あたしたちにお力を。ツォの浜のため、海の恵みをお授けください……」


静かに呟くように言ったオリガの言葉で、リタはさっきのカレンから聞いた噂話を思い出した。



「あの浜の周辺は海の守り神に守られていて、祈りを捧げれば“海の恵み”を分け与えてくださるのだとか……」



(……噂は本当だった?)


直後、激しい地響きが鳴りはじめた。すると、今までどこに行っていたのか分からなかったサンディがリタの肩から顔を出した。


「なになに? ねぇ、何なのよ?」


「サンディ、今までどこに行って……」


「来たぞ!ぬしさまだ!!」


リタの言葉に重なって、歓喜の声が辺りで沸き起こった。

そこにいたのは、巨大な黒い魚――クジラのようにも見える。そんな海の主はギラリと目を光らせると、水中から尾ヒレを出して水飛沫を起こした。


「きゃっ!?」


「わっ!?」


飛沫が見事にぶっかかり、全員の体はびしょ濡れになる。しかし村人は全く嫌なそぶりも見せず、ただ浜に打ち上がった物を見て互いに喜び合っていた。


「イヤッホー!来たぞっ、魚だ!」


「ありがたやありがたや……。今日もまた、なかなかのご馳走が用意出来そうですぞ」


歓喜し、“海の恵み”を拾い上げる人達。その中、喜ばない人達――というか驚いていたり怒っていたりする者もいるわけで。
言わずもがなリタ達である。
サンディなんかは、水飛沫がかかった途端、大きな声で文句を言いはじめた。


「ちょっ……冷た……ほんっとサイアクなんですケド! なんなの? 今のでっかいの……あの子が呼んだっていうワケ?」


あの子、とサンディが指を差したのはオリガであった。


「ねぇオリガ……もう一度ぬしさまを呼んでおくれよ。ウチには怪我した亭主がいるんだ。これだけじゃ足りないんだよ」


「で、でも、そんなこと……」



そんな困った様子を見ていると、リタとオリガの目があった。
すると、オリガは逃げるようにリタの方へと駆けてきた。


「あなたは……旅の方ですよね?」


「あ、はい。そうですけど……」


「あの、夜になったら私の家に来てくれませんか? 浜の東の小さな家です。お聞きしたいことがあるんです……」


言うなり、オリガはぱっと小さな家に引っ込んでしまった。あれが、今さっき言っていたオリガの自宅であろう。木造で相当年季の入った小屋だった。


「聞きたいことって、何だろ……」


「ホント、何なのあの子。こんな胡散臭い旅人に、ナニ相談する気なワケ?」


胡散臭いとは失礼な。

目線でサンディに訴えると、そのギャルな妖精(らしき者)は肩を竦めて理由を付け足した。


「だぁってリタってば、そこそこ強いけど見た目はそんな感じしないんだもーん」


「そりゃ、旅するには若すぎるように見えるかもしれないけど……」


同年代の天使の中でも、リタが結構な童顔であったことは自他共に認める事実であったりする。


「いや、そーじゃなくてサ……」


すかさずサンディから否定が返ってくるが、それ以外に思い当たることが無いリタは頭の中に疑問符を浮かべるばかりである。

服装だってそんな場違いな物は着てないはずだし、というか自分て胡散臭いのか?

思い悩む様子をしばらく見ていたが、痺れを切らしたのか、サンディはズイとリタに顔を近付けた。


「アンタ、人混みの中でもかなり目立ってるって自覚ある?!」


「…………え、何で?」


たっぷり間を取ってからの返答にサンディはガクッと体を傾けた。リタはというと、空中だというのに器用だと感心していた。


「まず、その髪と目の色! ニンゲンから見たら、かなり珍しいと思うんですケド?!」


銀髪や紫色の目は、人間界にあまり無いものである。ましてやその二つが組み合わさった者など人間界に果たしているのかどうか。
ちなみに天使界には、リタより更に派手な色合いの天使がいたりする。
そういうわけで、リタは自分がそこまで派手だという認識は無かった。


「でも、カレンとかオリガさんとかだって……」


「そりゃ例外ってヤツでしょーが。てゆーか金色の髪は目立つけど、人間界には金髪なんてたくさんいるんだからね!」


そう言われてみれば、セントシュタイン国王夫妻も金髪だった。その他にも金髪の人は結構いる。


「それにアンタの場合、顔もかなり整ってるんだから更に目立つのヨ」


「う、うーん……?」


「……ダメだこりゃ。アンタ全く分かってないでしょ」


呆れ顔で溜息をつくサンディ。そんな顔されても、分からないものは分からないのだから仕方ない。
その手のことに関しては全く無頓着なリタであった。


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