第五章 02
リタが新たに覚えたという移動呪文――ルーラを唱え、二人はセントシュタインから一気にダーマ神殿にたどり着くことが出来た。まぁ、そこまでは良い。
カレンと合流した後が問題だった。
アルティナとカレンの間にはギスギスとした空気が漂っている。
「二人ともさ、ツォの浜ってどんなところか知ってる?」
無言で歩き続けるのに堪えかね、リタは二人に話題を振ってみた。
それに、ツォの浜の存在は知っていたのだが、小さな村落ということであまり詳しく把握していなかったのだ。
「ツォの浜は漁師の村ですわ。あの浜の沿岸では魚がたくさん取れますのよ。そのついでに、漁に船を使いますから、経由便なんかも出してますわ」
カレンは、その経由便に乗ったことがあるらしく、ツォの浜のことをよく知っていた。
アルティナもアルティナで、ツォの浜について気になることがあるらしい。カレン同様、ツォの浜にやたら詳しかった。
「最近漁が不振らしい。漁獲量が例年の比にもならないくらい下がってる」
ただ、とアルティナはここで一つ腑に落ちないことを上げた。
「村が困窮しているという噂は聞かない」
「え、漁師の村なのに?」
漁が生活の基盤になっているはずの村で、未だ打撃を受けたという情報が無いのはおかしい。
「そういえば、ダーマ神殿で妙な噂を聞きましたわ。あの浜の周辺は海の守り神に守られていて、祈りを捧げれば“海の恵み”を分け与えてくださるのだとか……」
「海の恵み……それって魚とか?」
「金銀財宝も有り得ますわよね」
「まぁどちらにせよ、それなら漁に行かなくても生活することが出来るな」
その噂が本当なら、の話ではあるが。
カレンがそれを聞いたのはつい最近だと言う。
「だいたい、海の守り神なんてもんが本当にいるのかどうか……」
「……海の守り神様はいるよ? さすがに実物は見たことないけど、お師匠が見たことあるって言ってたから」
当たり前のように断言したリタにカレンは呆気に取られたが、アルティナは「そんなもんか」と言うだけで彼女ほど驚いてはいなかった。
それというのも、リタが実は天使だということをカレンはまだ知らないゆえ。
「ただ、守り神って言うか、その場所を守ってる主……って感じかな。でも、そんな海の主が人間達に何かを与えるなんて聞いたこと無いんだけど……」
天使界で勉強した知識をかき集め、必死に考えるが、それ以上は何も出て来てくれなかった。
しかし、代わりに直感的に閃いたことがあった。
「あ、もしかして女神の果実が関係してたりとか?」
「女神の果実……ついさっき言ってた、願いを叶えるとか言う胡散臭い果物のことか」
「……まぁ確かにそうなんだけど」
なんだかアルティナの言う言葉だと、女神の果実が本当に眉唾物のように聞こえる。
女神の果実。それはリタと共に人間界へ落ちてしまった黄金の実。人の手に渡るとかなり厄介な代物である。
見た目は洋梨のようで、まばゆい光を放つ。つまり外身中身共に神秘的という、とてつもなく神々しいが、一つ間違えば人の命をも脅かしてしまう危険な食べ物であった。
良い例が、女神の果実で巨大な力を得たために我を失ったダーマの大神官が恐怖政治を行おうとしたことである。
「あの、話が全く見えないのですけれど……」
全然話についていけないカレンの頭の中は、疑問符でいっぱいだった。
「海の神様がいるなんて信じがたいですし、願いを叶える食べ物だって聞いたことありませんわ」
「まぁ……普通の人だったら、きっと信じられない話なんだよね」
リタは普通の人どころか人間ですらなく天使であるし、そんな天使や幽霊など人に見えないはずのモノが見えるアルティナはすでに普通と言えない。
「お前……自分のこと、まだコイツに言ってなかったのか?」
アルティナの意味深な発言により、カレンは確信した。――きっと、この二人は何か複雑な事情を抱えている。
「カレン……まだカレンには言ってなかったね。あのね実は……」
私、人間じゃないんだ。
「……え?」
打ち明けられた事実を、カレンはしばらく受け止めるとが出来なかった。
「私の故郷はね、この空の上。……私達は天使って呼ばれてた」
それはあまりにも現実離れしたことであったから。
さすがの僧侶でも、すぐに理解は出来なかった。
(目の前の少女が実は天使だっただなんてそんなこと、誰が想像出来ただろうか?)02(終)
―――――
ついにカレンにも暴露しちゃいました!
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