ベニバナ




なんでもないジーンズに、なんでもないTシャツ、なんでもないパーカー。
それなのに、着る人が着るとどんな服でもカッコよく見えてしまうのかと横を歩く彼を見て思う。


お日様に照らされてキラキラ輝く髪の毛と、褐色の肌。
腕捲りしたパーカーの袖から除く、程よく筋肉のついた腕。


周りの女性の視線を全て集めているんじゃないかと思うこの人の隣を歩くのはかなり気が引ける。
先程から自分にもグサグサと女性の視線が突き刺さっている。


一応綺麗な格好はしてきたつもりだ。
白地に淡いブルーの花柄のワンピースに、ショート丈のカーディガン。足元はラウンドトゥのパンプス。
髪の毛は弛く巻いて、メイクもナチュラルに。
さっき急いだので少しだけ髪の毛は崩れてしまったけど、手櫛でそこそこ元に戻したはず。

でも隣がこんなに美麗な男性だ。
私なんかが隣を歩いてごめんなさいと土下座したいレベル。

そんな事を考えながらチラリと隣を歩く安室さんをこっそり盗み見ていると、安室さんは口に手を当ててクスクス笑い出した。


「安室さん…?」


「いえ、そんな風にじっと見つめられると穴があいてしまいそうだなと。」


かっと顔が熱くなった。
こっそり盗み見ていたつもりが、完全にバレていた。


「すみません…いや、安室さんが着ると普通のパーカーでも物凄くかっこよく見えるんだなと思いまして…。」


へらりと誤魔化すように笑えば、安室さんがニコリと笑う。


「そうですか?名前さんだって、そのワンピースお似合いです。とても可愛いですよ。」



………顔が熱さで溶けるかと思った。















駅前の大型ショッピングモールに入って、まずは携帯ショップへ。

通話だけ出来れば良いと言った安室さんをなんとか言いくるめて私名義のスマートフォンを契約した。

元の世界に帰るための情報がインターネット上に転がっているのかは不明だが、何かにつけて今の世の中はスマホの方が良いに決まってる。



携帯ショップを出たら、次は洋服だ。
メンズファッションが並ぶフロアへ入ると、色んなファッションのマネキンが並んでいた。


「これ、カードです。これで好きな洋服選んでくださいね。あと下着類と、パジャマになるような物も。」


カードを差し出せば、安室さんがぎょっとした顔をした。


「そんな風にクレジットカードを軽く他人に渡すものではありませんよ。悪用されたらどうするんです。」


ぐぐぐっと、カードを握る私の手を安室さんが掴んで押し返す。
こう言うところ警察官っぽいな。


「安室さんは私のカードを悪用なんてしないので大丈夫です。」


こちらも負けじと押し返す。
暫くそうしていると、引かない私に安室さんが諦めたようだ。
困ったような顔で渋々受け取ってくれた。


「あとこれ、カード使えないお店だったらこっちで払ってくださいね。最低でも10着くらいは買ってください。」


そう言って黒の二つ折りの財布を渡す。
亡くなったお父さんの誕生日に私がプレゼントしたそれは、お父さんが使わずに大事にとっていた物だ。
お父さんの形見の1つとしてとっていたが、使われないまま眠っているよりは…と思って持ってきた。
多めに現金をいれてあるので、これはこのまま安室さんに持ってて貰うつもりだ。
「君は…」と、呆れた顔をしている安室さん。


「困った人がいたら、助けてあげなさいねって両親からも祖父母からずっと言われてきました。
きっと、こんな時の為にお金を残してくれたんだと思います。だから大丈夫です。此方で生活する上で必要な物は全て買ってください。」


言うだけ言って、安室さんが何か言う前に歩き出す私。
メンズファッションのフロアなんて、来る機会が無いから見ているだけで楽しい。

気分良く歩く私の腕を、後ろから安室さんが掴んだ。


「じゃあ名前さんが選んでください。僕の服。」


「安室さんのお洋服を、私が?」


「はい、是非。」



周りのショップの前にあるマネキンを眺めて、んー…と考える。

あのジャケットも似合いそう。このシャツも、あのスキニージーンズも。


…ダメだ。選べない。


「ごめんなさい、無理です。」


「無理です、とは?」


「安室さんが着ている所想像したら、どれもこれも似合ってて選べません。」



ちょっと変態チックな発言だったかな。
でもきっと、安室さんは何着ても似合うし…と思っていたら安室さんがぶはっと吹き出した。
ツボに入ったのか、ふるふると肩が震えている。


「…そんなに面白かったですか?」


「大真面目な顔して、急にそんな事言う名前さんがおかしくて…ふふふ、貴女は僕の事を良く見すぎです。」


だってほんとの事だ。今まで出会った男の人の中で、安室さんが1番カッコいい。


「でも、本当の事ですよ。安室さん、何でも着こなせそうですし。」


「そんなことありませんよ。では、二人で選んでみましょうか。」



ふふふと、まだ笑いがと止まらない安室さんが私に言った。




色とりどりの
(この赤い服とか)
(…赤だけは、ちょっと…)




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